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​名無書店と家出少年

登場人物:2人(男:1 不問:1)

・店主 …男性

・少年 …不問

店主「いらっしゃいませ……おや、小さなお客さんだ。」
少年「……。」
店主「お使い?ここは本しかないけれど……ああ、マスタードならあるよ。ケチャップだけ使って余ったんだ。」
少年「……ない。」
店主「ん?なんだい?」
少年「帰りたくない。」
店主「……ふむ。そうか。でも今日はもう閉店時間だからね……そうだ、絵本を1つ読んであげよう。そこに座るといい。」
少年「……おじゃまします。」
店主「ふふ、いい子だね。じゃあ、そうだな……『腹ぺこ弱虫』これにしよう。」
少年「青虫じゃなくて?」
店主「ここでしか読めない話の方が面白いだろう?大丈夫、きっと聞き終わる頃には夢中になっているから。」
少年「ふーん。」
店主「始めようか。『腹ぺこ弱虫』」
少年「(どうせ、子供向けのオチのない話か、勧善懲悪モノだろ。)」
店主「あるところに、とても弱い虫がいました。弱虫は事ある毎に他の虫と比べられ、悪口を言われていました。カブトムシには力が弱いと、トンボには目が弱いと、アリには頭が弱い、と。」
少年「(なんか、僕と似てるな。)」
店主「しかし、そんな誰よりも弱い弱虫にも得意なことがありました。それは、なんでも食べられること。そして、いっぱい食べられることでした。」
少年「(ほら来た。どうせ才能で無双するんだろ。)」
店主「あるとき、カマキリがトンボを捕まえていました。ねえ、そのトンボどうするの?と弱虫はたずねました。するとカマキリはニヤリと笑って言いました。食うんだよ。そうだ、こいつは目がいいんだったか。こいつを食えば俺様も目が良くなるかもしれないなぁ。」
少年「(……!)」
店主「弱虫は驚きました。そうか、僕もトンボを食べれば目が良くなるかもしれない。カブトムシなら力が、アリなら頭も良くなるかもしれない。そこで弱虫はカマキリにお願いをしました。」
店主「ここに僕の知り合いを連れてくるよ。彼らを食べれば、君はとても強くなれる。それで、食べ残した分は僕にくれないかな。捨ててしまうのは勿体ないから。」
少年「(……。)」
店主「カマキリは快諾しました。そして見つけやすいようにと、少しだけトンボを分けてくれました。弱虫は夢中で食べました。するとなんということでしょう、目がみるみる良くなっていったのです!」
店主「それから弱虫は、たくさんの虫をカマキリの元へ連れていきました。カブトムシ、アリ、チョウ……たくさんの虫を食べたカマキリは肥太っていき、ついに動けなくなりました。」
店主「この時を待ってたんだ。僕ならきっと食べられる。カマキリさん、いただきます。」
少年「……どうなったの。」
店主「弱虫はとても強くなりました。もう弱虫と呼ばれることも、悪口を言われることもありません。なぜなら……全ての虫を食べてしまったのです。世界には彼一人だけ。なんだか悲しくなって、虫は一人で泣きました。ずーっとずーっと泣きました。泣き疲れて、お腹がすいて、眠るまで泣きました。その姿は、あの日の腹ぺこ弱虫のようでした。」
店主「どう?面白かったかな?」
少年「まあ、そこそこ。気になるところいくつかあったけど。」
店主「おや、どこだい?」 
少年「なんでアリを食べて頭が良くなったはずのカマキリが、食べすぎで動けなくなることを予測できなかったのか、とか。そもそも虐めてきた連中を連れてこれるぐらい知能があるなら、もっと弱虫は上手く生きられただろ、とか色々。」
店主「確かに、君は賢いね。」
少年「別に。それを抜きにしても、驚きとか、思うところとかあったから……いい作品なんじゃないの。」
店主「ありがとう。はやり感想は励みになるね。」
少年「え、これあんたが書いたの?」
店主「売り物を読み聞かせる訳にはいかないからね。意外かい?」
少年「まあ……それなら、また聞きに来てあげてもいいよ。感想ぐらいなら言えるし。その残されたマスタードが復讐しにくる話とかいいんじゃない。」
店主「ははは、次は両方かけることにするよ。……帰るのかい?」
少年「うん。僕ももう少し上手く生きてみる。」
店主「そうかい。ああ、外はもう真っ暗闇だね。気をつけて帰るんだよ。見回りに捕まると補導されてしまうからね。」
少年「ははっ、悪い大人。じゃーね。」
店主「ああ、またのご来店をお待ちしているよ。」

 

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