慎重すぎる浦島太郎
登場人物:6人(男:2人 女:1人 不問:3)
・浦島太郎(金太郎(桃太郎)) …男性
・亀 …不問
・乙姫様 …女性
・村人 …男性
・子供1 …不問
・子供2 …不問
村人「よう、金太郎。今から漁かい?」
浦島「(散歩中に挨拶をされてしまった。偽名の方を呼ばれたから一瞬反応が遅れてしまったが、不審に思われていないだろうか?しかしなぜ俺の動向を探る必要がある?もしや俺の留守中に盗みに入る算段でもしているのか?確かに一度漁に出るとなかなか帰ってこれないからな。しかし漁に出ていないと言うと真昼間から何もせずぶらついている奴と思われないだろうか?これは……慎重にならざるを得ないな。)」
浦島「いや、ちょっとした用事だ。この後すぐに家に帰る予定だ。それじゃあ。」
村人「あ、おい……ってもう行っちまった。相変わらずだなアイツは。やっぱり例の計画、やってみるか。」
SE:足音
子1「なんで亀がこんなところにいるんだよー!」
子2「邪魔なんだよおまえー!」
浦島「……」
SE:足音
亀 「ちょ、そこの男の人!いじめが行われているんですよ!無視は酷くないですか!?」
浦島「(急に話しかけられてしまった。なんで亀がしゃべっているんだというツッコミは一旦置いておいて、これは困ったぞ。俺は慎重派だ。そもそも争いごとに首を突っ込むのがもう嫌だ。下手をすれば俺まで加害者になってしまうからな。そもそも俺が声をかけて不審者だと思われないか?どうすれば自然に声をかけられる?そうだ、挨拶をしよう。海岸でランニングをしている人のふりをして挨拶をしよう。しかし、こんな格好で海辺でランニングをするだろうか。履物は適切か?これは……慎重にならざるを得ないな。)」
SE:足音(ランニング)
浦島「いい天気だな。」
子1「なんだよおっさん、邪魔すんなよー!」
子2「急に小走りになってこっち来るの怖いんだけど。」
浦島「いや、何やら争っているようだったから、原因はなんなんだろうと。後俺は怪しいものではない。ランニングの途中で偶々通りかかっただけだ。」
亀 「ちょっ!これ争いじゃないですよね!?ボク一方的にいじめられてますよね!?」
浦島「それはわからない。もしかしたらお前の方に非があって、例えばその少年たちの母を殺した、とかでこうなっているのであればそれはお前の自業自得だし、お前に味方したら俺まで悪者になってしまう。これは……慎重にならざるを得ないな。」
亀 「勝手に人に、いや亀に残虐非道な設定を付け加えないでくれますかねぇ!」
浦島「まぁ、そういうわけで少年たち。どうしてこの様な事態になっているのか説明してくれるか?そうしないとどちらの味方も出来ない。」
子1「コイツなに言ってんだ?」
子2「キモッ。もう行こうぜ。変な奴に関わっちゃいけないって母ちゃんが言ってたし。」
浦島「……怪我はないか?」
亀 「貴方の心の方が心配ですが…一応助けて頂いたということで、ありがとうございます」
浦島「なに、大したことはしてないさ。いや本当に……」
亀 「そうですね……」
浦島「これに懲りたらこれからはお前も慎重に生きることだ。俺のようにな。」
亀 「慎重に、ですか?」
浦島「ああ。今回の事態はお前の慎重さが足りなくて招いたことでもある。俺ならばまず浜辺など歩かん。なにせ亀は足が遅いからな。危険が迫っても逃げられない。最初から海の中を悠々と泳いでいれば良かったんだ。」
亀 「は、はぁ…」
浦島「そして子供にも近づかん。やつらはああ見えて残酷だからな。平気で虫とか殺したりするぞ。それに直ぐ親に言いつける。下手したら警察沙汰になってお先真っ暗だ。そうなりたくなかったら今後むやみに子供には近づかんことだ。」
亀 「うわぁ…聞いてた以上に慎重派だなぁ。」
浦島「ん?」
亀 「い、いえっ!なんでもありません!わかりました、これからはあなたを見習って慎重に生きてみます。」
浦島「ああ、達者でな。」
亀 「あ、お待ちを。」
浦島「なんだ?俺は急いでいる。なにせランニングの途中だからな。」
亀 「いえ、実はですね。私の住んでいる竜宮城という場所は礼儀にうるさい所でして、一応助けて頂いた貴方をそのまま家に帰したとなったら、私は怒られてしまうんですよ。」
浦島「それで?」
亀 「お時間があるようでしたら私の住む竜宮城へお越しいただけませんか?そこでお礼をし
たいと思います。」
浦島「(これは…恐らく社交辞令。別に何もしていない俺にお礼なんてしたいはずはない。しかし形式上はお礼をする格好を取っておかないと亀はお礼の一つも言えないと言いふらされてしまうという恐れから形だけ言っているだけだ。ここで軽率にそれじゃあと相手の言葉に乗っかってしまうと社交辞令もわからない奴扱いされてしまう。これは…慎重にならざるを得ないな。)」
浦島「いや。礼など結構だ。俺は本当に何もしていないからな。」
亀 「そうは言っても実際こうして助けられているわけで、何も無しに帰らせるわけにはいかないんですよ~。」
浦島「なら今ここで済むものでいい。なんなら礼の言葉だけでもいいぞ。」
亀 「いえ、今持ち合わせが無くてですね…それと…」
浦島「なんだ?」
亀 「先程は怒られる、なんてマイルドに表現しましたが実際は礼儀をないがしろにすると切腹です。」
浦島「新選組か、お前の組織は。」
浦島「(これは…もしや詐欺の類か?お礼と偽り住処に俺を誘い込み周りを囲いこちらに不利な条件を飲ませるつもりなのではないか?出来ればとっとと帰りたい。しかしあの必死な様子。ここで無理に断れば激昂して襲い掛かって来るやもしれん。これは…慎重にならざるを得ないな。)」
亀 「あの…」
浦島「わかった。お前の住処、竜宮城だったか?そこについて行ってやる。」
亀 「ありがとうございます!これで色々助かります!」
浦島「それで?どこにあるんだその竜宮城とやらは?」
亀 「はい!私の背中にお乗りください。」
浦島「…どういうことだ?」
亀 「竜宮城は海の中にあるので、普通の方法ではいけません。なので私の背中にお乗りくだされば、私が竜宮城にお連れします!」
浦島「(お連れします。じゃない。その方法だと自分の意思で帰ってこれないじゃないか。逃げ出す事もできん。それに海の中だと?この感じだと海の中でも俺は呼吸できるようになるだろうが、その場合生殺与奪の権利を完全に握られてしまうことになる。少しでも機嫌を損ねたら即死亡。これは…慎重にならざるを得ないな。)」
亀 「さぁ!お乗りください親切な人!」
浦島「ああ、くれぐれも安全運転で、慎重に頼む。」
亀 「はい、任せてください。」
亀 「つきましたよ、ここが竜宮城です。」
浦島「ああ、これは……凄いな。」
浦島「(ここが厳しい掟の元営業されている竜宮城か。なんとしても奴らの機嫌を損ねる前に早々に帰宅しなければな。慎重に行くぞ。)」
亀 「ここで待っててください。今乙姫様を呼んできます。」
浦島「乙姫様?」
亀 「ここで一番偉い人です。私達が礼儀に厳しいのも乙姫様の教育の賜物なんですよ。」
浦島「なるほど。」
浦島「(つまり乙姫とやらはここで一番ヤバイ人物というわけか。これは…慎重にならざるを得ないな。)」
乙姫「貴方がこちらの亀を助けてくれたお方ですか?」
浦島「一応そうだ…です。」
乙姫「クスッ。普段の言葉使いで大丈夫ですよ。なにせあなたは恩人様。」
浦島「いえ、お気になさらず。俺は何もしていませんので。」
乙姫「いいえ、そういうわけにはまいりません家族(ファミリー)の恩人様は竜宮城全員の恩人様。全力でご恩を返させていただきます。」
浦島「そのお言葉だけで十分ということで。それでは。」
乙姫「お、お待ちください。こんなところまで来ていただいてそのまま返してしまっては竜宮城の恥。ぜひごゆるりと竜宮城をご堪能ください。」
浦島「(この流れ、ここでそれじゃあといって言葉に乗っかるとうわこいつマジで家にまで上がる気かよ?と思われるのではないか?そもそもこんなところまでのこのこ来てしまった時点で厚かましい奴と思われているやもしれん。だが、相手の厚意を断り続けるというのもまた、礼を欠いた行為ではないか?)」
亀 「あ、あのっ!竜宮城には世界各地の美味しいもの、お酒が揃っております。それにタイやヒラメの踊りも見られるんですよ?ぜひ見て行ってください。」
乙姫「(ナイスよ亀!)」
浦島「(このタイミングでそれじゃあと言えば飲み食いに釣られたみたいに思われないか?いやしかし、ここまで言ってくれているんだ。慎重に行けば大丈夫なはずだ。)」
浦島「それでは少しだけ、お邪魔をしよう。」
乙姫「まぁそれは良かった。それじゃああなたたち、宴の準備をしてくださいな。こちらの…そう言えばまだお名前を聞いていませんでしたね。これは大変失礼なことを。」
浦島「大丈夫だ。気にしない。俺は桃太郎という。しがない漁師だ。」
乙姫「えっ?あっ桃太郎、様?素敵なお名前ですね。それでは奥の方へどうぞ。」
浦島「(本名を知られるのはセキュリティー上危険だからな。適当な名前を使わさせてもらおう。)」
SE:豪華な晩餐
浦島「これは…凄いな。」
乙姫「き、桃太郎様に喜んでいただけて何よりですわ。ささ、どうぞ。」
浦島「ありがとう。しかし俺は下戸なのでな。茶を貰おう。」
浦島「(どことも知れぬ海の底。辺りにはきらびやかな美女や魚や食べ物。こんなところで酔いつぶれるなんて危険以外の何物でもない。これは…慎重にならざるを得ない。)」
亀 「桃太郎様、楽しんでおられますか?」
浦島「ああ、小躍りしたいくらいにな。」
亀 「良かった。良かった。」
浦島「もう十分堪能したし、俺はこの辺で…」
乙姫「そんな…折角桃太郎様の為に様々な料理や余興を準備いたしましたのに……」
浦島「(くっ…こちらの罪悪感をえぐって来る。ここで無下にするのはあまりに失礼か?いやしかし、俺の慎重センサーが危険を告げている。すぐにここから去れと。)」
浦島「大変ありがたいのですが、妻子を家に残してきているのでな。(嘘だが。)」
乙姫「え?あれ?……コホン、まぁ…それは大変申し訳ないことを。それでしたらすぐに帰りの準備を。」
SE:手を叩く音
浦島「(よし。大抵の場合全てを解決してくれる妻子というワードでなんとか乗り切れそうだな。こういう時の為に結婚していないのに薬指に指輪をしておいたのだ。しかしここは海の底。最後まで気を抜くなよ。)」
乙姫「名残惜しいですがお礼の宴はここまで。しかし最後にこちらをお渡しいたします。」
浦島「これは?」
乙姫「これは玉手箱。地上から竜宮城に来られたお客様には必ずお渡ししております。」
浦島「土産か。ありがたく。」
乙姫「ですが、決して開けないでくださいね。」
浦島「なぜだ?」
乙姫「それは……言えません。」
浦島「(どういうことだ?わざわざ持ち帰らせるのに開けるな?謎かけの類か?もしや……毒か?この竜宮城のことをぺらぺらと吹聴されないようにという保険に渡しているのだとしたら、合点がいく。約束を破り箱を開けてしまうような不誠実な人間は信用できないと、そういうことか。これは…慎重にならざるを得ないな。)」
浦島「わかった。ありがたく頂くが決して開けない。それでいいな?」
乙姫「はい。そのように。」
浦島「ここでは夢のような時間を過ごせた。ありがとう、乙姫。」
乙姫「いいえ。こちらこそ、大事な家族(ファミリー)である亀を救ってくださりありがとうございました。」
浦島「本当に大したことはしてないんだがな。それじゃあ元気で。」
乙姫「はい、桃太郎様も。」
亀 「はい、着きましたよ桃太郎様。元いた浜辺です。」
浦島「ああ、ありがとう。お前にも世話になったな。」
亀 「いえいえ。これからは桃太郎様のご忠告を胸に生きて行きます。」
浦島「ああ、慎重にな。」
亀 「はい。……最後に私からアドバイスというかお話を。」
浦島「なんだ?」
亀 「そちらの玉手箱、乙姫様はああ言っておりましたが、耐えられなくなったら開けてください。」
浦島「それはどういうことだ?」
亀 「それは言えません。ですが必ず開けたくなると思います。その時は迷わず開けてください。それでは、お元気で。」
浦島「おい、待て。説明をしろ……くそっ泳ぐのだけは早いな。」
浦島「しかし…どういうことだ。あの亀の話。乙姫は開けるなと言っていた。しかし耐えられなくなったら開けろ?意味がわからん。毒ではないのか?」
村人「おい、アンタ。」
浦島「なんだ?」
村人「この辺じゃ見ない顔だが、どこの誰だい?」
浦島「アンタこそ、この辺じゃ見ない顔だな?俺はこの辺で漁師をしている者だが?」
村人「いや、え?……そりゃおかしい。このへんで漁師をしていた変人はな?とっくの昔に行方不明になっとる。確か…金太郎だったか?」
浦島「(確かに村人には金太郎という偽名で通していたが…俺が行方不明?せいぜい一晩明かしたくらいで行方不明扱いとはおかしい。訳がわからん。しかしここで怪しまれるのもまずいな。)」
浦島「すまないな、俺の勘違いだった。別の浜と見間違えてたようだ。」
村人「そりゃあ大変だな。気を付けて帰れよ。」
浦島「ああ。」
浦島「俺の暮らしていた家に来てみたが、これは…」
浦島「(ここは確かに俺の暮らしていた浜で、俺の家だ。ここに来るまでの道も間違っていなかった。だが、あまりにもボロボロになっている。一晩二晩の荒れ方ではない。もう何年も人が住んでいないかのような……はっ!?)」
浦島「合点がいったぞ。亀。そして乙姫。先程の村人の話、そしてこの家の有様。恐らく竜宮城と地上では時間の流れが違うのではないか?向こうではたった一晩過ごしただけなのにこちらでは数年の月日が経っている。そういうことだろう。」
浦島「そしてこの玉手箱。耐えられなくなったらという亀の言葉から、恐らくは時を進めるもの、もしくは命を絶つものと考えられる。この、俺のことを誰も知らないという現状に耐えられなくなったら使えということだろう。」
浦島「さて、どうするか。別に元々親しい知り合いが居たわけでも親戚が居たわけでもない。現状別に何も辛くはないのだが…」
浦島「(この玉手箱を開いたらどうなるのか、というのは少々気になるな。もし時を進めるのならば体験してみたさはある。いやしかし、もしかしたら発信機みたいなものが着いていて、開くと向こうにそのことが筒抜けになってしまうのではないか?あいつ慎重派を名乗っておきながらあっさりこんな箱開けてるなぁとか思われてしまうのではないか?そもそも本当に毒で、口封じのために殺されてしまうのかもしれない。これは…………慎重にならざるを得ないな。)」
浦島「……さて、部屋の片づけをするか。」
亀 「いやそこは開けるんじゃないんかーい!」
浦島「どうした亀、帰ったんじゃなかったか?」
乙姫「いやいやいや、普通開けますよね?気になりますよね?玉手箱の中身。」
浦島「乙姫まで。開けるなといったのはお前だろう?そりゃ開けないさ。」
村人「折角慎重派のお前ともっと仲良くなろうと皆で計画したのに台無しだよ!」
浦島「見知らぬ人まで。勝手に人の家に入るのはよしてくれ。」
村人「普通に何年も一緒の村に居るのに何で顔も覚えてねーんだよお前さんは!ばれそうになった時の為に本人の孫って言う設定も用意してあったのに無駄になったわ!」
浦島「それで?結局これはどういうことだ?亀。」
亀 「いえ、その、ですね?あなたが住んでいる村の長からですね?あなたが村に馴染めていないようなのでどうしたらいいでしょうかって、ウチの乙姫様に相談がありまして。」
乙姫「みんなで一芝居打って貴方と仲良くなりましょう作戦!だったんですが…」
村人「おめーがあんまりにも慎重派すぎるから全部台無しになっちまったんだよ!」
浦島「なるほど。つまり俺は慎重だったが故にドッキリにひっかからなかったと。」
亀 「そういうことになりますね。」
浦島「うむ、やはり慎重であることは良いことだということだな。」
乙姫「結局そういう結論になってしまうんですね……」
浦島「これに懲りたら皆ももう少し慎重に生きるべきだな。俺のように。」
村人「ドヤ顔が腹立つんだが?」
浦島「しかし、長や皆に心配をかけてしまったことも事実。これからは皆との付き合い方も…
…慎重にならざるを得ないな。」