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​罪喰いEpisodeⅤ

登場人物:7人(男:3人 女:2 不問:2)

・シン  :男性

・フィン :男性

・アリア :女性

・カイ  :不問

・店員  :不問

・ダニエル:男性

・メイド :女性​

 


アリア「(痛いのも、寒いのもいつものこと。だけど…)」
アリア「…どうしよう。」
アリア「(お金なんてない。もちろん、食べものも。せめてどこかで雨をしのがないと。)」
アリア「……誰か。」
フィン「おや、迷子ですか?」
アリア「え。」
フィン「お母さんは?ひとまず、傘がないならこれを……どうしたんですかその怪我。」
アリア「ママに殴られた。」
フィン「……けんか、ですか?」
アリア「ううん。機嫌が悪いといつも殴ってくるの。」
フィン「…手当をしましょう。とりあえずこれを羽織って。ここで少し待っていてください。」
アリア「どこ行くの。」
フィン「一度帰って、救急箱を持って来ます。お母さんが迎えに来たら、上着と傘はそのあ
    たりに置いておいてください。」
アリア「来ないよ。私に興味ないから。」
フィン「…。」
アリア「……おじさん。おじさんは、戻ってきてくれる?」
フィン「はい、必ず。温かいスコーンも持って来ますから。それまで、上着と傘を預かってい
    てください。」

 


ダニー「遠路はるばるご苦労。私はダニエル・スミス。あれが妻のシャーロットだ。」
シン 「シンだ……失礼だが、奥方は亡くなられているんだよな。」
ダニー「ああ。一通り処置は終わって、化粧もしてもらった。」
シン 「なぜ座っているんだ。」
ダニー「撮影中でな。まだしばらくかかるから、画角に入らないよう注意してくれ。詳しくは
    そこの男に聞くといい。」
シン 「おい、どこへ行く。」
ダニー「商談だ、昼には戻る。必要なものはメイドに言ってくれ。では。」
シン 「…おい。」
フィン「おや、こんにちは。お客様ですか?」
シン 「仕事で来た。さつえいちゅう、とは何の話だ。」
フィン「ポストモーテム・フォトグラフィ、いわゆる遺体の記念写真ですよ。ご存じないです
    か。」
シン 「記念写真…?」
フィン「実物を見せた方が早いですかね…これが写真です。今朝がた撮影したスミス夫妻
    になります。」
シン 「ダニエルとシャーロット。あんた、ずいぶん腕の立つ絵師なんだな。」
フィン「絵ではないんですよ。ええと…この箱が、現実の時間を切り取ってくれる、みたいな
    イメージでしょうか。」
シン 「時間を…じゃあ、実際に夫妻がここで並んでいたのか。それをこの箱が?」
フィン「ええ、面白いでしょう。最近の流行なんですよ。」
シン 「その箱はどこまで切り取れるんだ。仕事の都合でこいつを近くに置いておきたいん
    だが。」
フィン「ではこのあたりに。リンゴですか?」
シン 「まあな。このまま暫く待つ。」
フィン「では、少しお話でも。私、フィンリーと申します。あなたは?」
シン 「シンだ。」
フィン「もしよければ、他の写真も見てみますか?時間つぶしになると思いますよ。」
シン 「いつも持ち歩いているのか。」
フィン「ポートフォリオ…仕事を取ってくるための材料みたいなものですからね。どうぞ。」
シン 「ふむ……立ち姿も撮るのか。まるで生きているみたいだな。」
フィン「そうでしょう。その方はまだご存命ですから。」
シン 「は…遺体の写真じゃないのか。」
フィン「ポストモーテム・フォトグラフィは、何も遺体だけを写すものではありません。死者
    を生き生きと撮るように、生者が亡き者を模して撮ることもあるんですよ。」
シン 「なぜそんな真似を。」
フィン「トレンドってやつですね。写真が普及し始めてすぐ、貴族の間で肖像写真ブームが
    起きました。そこから派生して、静物、風景に続き遺体の記念写真も撮るよう
    になったんですよ。」
シン 「ふむ。今は写真の時代ということか。儲かりそうだな。」
フィン「少し前までは儲かっていたんですけどね。今では写真家が飽和して、仕事の取り合
    いになっています。私自身、大きな仕事をするのは久しぶりでいつもより張りきっ
    ているんですよ。うまくいけば次に繋がりますから。」
シン 「世知辛いな。」
フィン「流行りとはそういうものです。シンはどのような仕事を?先程リンゴを置いていまし
    たが。」
シン 「…故人の罪を引き受ける存在、罪喰いだ。あのリンゴは罪を吸う道具みたいなも
    のだな。」
フィン「罪喰い。以前どこかで聞いたような…失礼ですが、なぜここに?」
シン 「前の依頼者からの紹介だ。古い付き合いらしい。」
フィン「なるほど。ちなみに、罪喰いというのは生きた人間の罪も引き受けることができるん
    ですか?」
シン 「いや、俺が引き受けるのは死者の罪だけだ。」
フィン「そうですか、それは残念。」
シン 「罪を犯した自覚があるなら償えばいい。生者にはそれができるだろ。」
フィン「…そうですね、確かに。」
メイド「失礼いたします。昼食の時間になりますので、食堂へお集まりください。」
フィン「食事つきとは、好待遇ですね。まだ露光に時間がかかりますし、先に頂くとしましょ
    う。」
シン 「ああ。」
メイド「ご案内します。こちらへどうぞ。」
フィン「何が出てくるんでしょうね。楽しみです。」
シン 「この国の主食はなんだ。パンか?」
フィン「そうですね、あとはフィッシュアンドチップスが…」

SE:ガシャーン。皿と料理をぶちまける音。

フィン「おや。」
メイド「何をやっているんですか!」

SE:殴る音

カイ 「っ……申し訳ありません。」
メイド「よりによってメインディッシュを……どうするつもりですか!」
カイ 「……。」
シン 「…幼いな。この国では子供も使用人として働いているのか。」
フィン「いや……あれはいいように使われているだけでしょう。貴族は見栄を張りますから。
    そのしわ寄せをああいう子たちが受けているんです。酷い話だ。」
メイド「申し訳ありません。すぐ作らせますので…」
フィン「いえいえ。そのあたりで済ませますよ。それより…大丈夫ですか。これ、どうぞ。」
カイ 「え、いや……。」
フィン「少し冷やした方がいいでしょう。そのハンカチは差し上げますから、水で濡らして
    使ってください。」
カイ 「でも」
フィン「気にしないでください。私がいいことをした気になりたいだけですから。」
カイ 「…ありがとう、ございます。」
フィン「さて、私は一度出ますがシンはどうしますか。」
シン 「そのあたりを適当に歩いてくる。どうせ暇だからな。」
フィン「そうですか。ではまた後ほど。」

 


店員 「いらっしゃいませ!」
シン 「ふぃっしゅあんどちっぷす?を頼む。」
店員 「はい!お好きな席でお待ちください。」
シン 「(これは…紙の瓦版か。さすがに読めないな。)」
店員 「お待たせしました!フィッシュアンドチップスです。」
シン 「なあ、このあたりで最近何かあったのか。」
店員 「え?あー、その記事ですか。なんか、子供が突然いなくなったらしいです。捜索依
    頼も出てて、一部では誘拐事件だーって騒がれてますよ。他にご注文は?」
シン 「いや、十分だ。」
店員 「ごゆっくりどうぞー。」
シン 「(そのあたりの子供を攫って使用人に……ありえない話ではないが。この似顔絵、
     使用人の子供には似ていない。別人か。どのみち俺には関係ないな。)」
シン 「……味が薄い。」

 


メイド「おかえりなさいませ。お部屋の準備ができましたのでご案内いたします。」
シン 「写真家の男はもう戻ってるか。」
メイド「いいえ、まだお見えになっていません。」
シン 「そうか。」
メイド「こちらです。夕食までご自由にお過ごしください。必要なものがありましたら近くの
    使用人にお申し付けください。」
シン 「ああ、ありがとう。」
シン 「(暇だな。寝るか。)」

 


アリア「どうして私を助けてくれたの?」
フィン「放っておけない性分なんですよ。英雄気取りってやつです。」
アリア「私にとっては英雄だよ。優しくしてくれるし、ご飯もくれる。……ずっとここにいら
    れたらいいのに。」
フィン「…今日はもう休んでください。これからのことは、明日考えましょう。」
アリア「うん。そういえば、おじさん名前は?」
フィン「フィンリーです。あなたは?」
アリア「アリア。」
フィン「素敵な名前ですね。おやすみなさい、アリア。また明日。」

 


SE:ドアの向こう、バタバタしている。


メイド「部屋にもいないんですか。庭は?倉庫も探してください。」
シン 「…なんだ。騒がしいな。」

SE:ドア開く音

シン 「何かあったのか。」
メイド「いえ、特には。そろそろ夕食の時間ですので、食堂へお集まりください。では。」
シン 「ああ。」
シン 「(……何かあったな。)」

 


フィン「お昼ぶりですね。良い店は見つかりましたか?」
シン 「適当な店に入ったんだが、味が薄かったな。」
フィン「もしかしてそのまま食べたんですか?」
シン 「ああ。」
フィン「それはさぞ薄かったでしょう。この国の料理は基本薄味ですから、好みの調味料を
    かけて食べるんです。」
シン 「なるほど、どうりで。……外が騒がしいな。」
フィン「何かあったんですかね。先程からメイドの方が慌ただしそうにしていますし。」
シン 「またこぼしたのかもな。」
フィン「ははは。まさか。」
メイド「お待たせ致しました。こちらがサラダとバゲット。ハギスになります。」
フィン「いえいえ。ありがとうございます。」
メイド「クリームはお好みでどうぞ。では失礼します。」
シン 「…あの子供、いないな。」
フィン「ああ、確かに。昼間のこともありますし、部屋で休んでいるのかもしれませんね。」
シン 「(そんな待遇には見えなかったが。)」
シン 「…む。こいつは……独特な味だな。」
フィン「おや、苦手でしたか。少し癖がありますからね、よければ私が食べますよ。代わりに
    こちらをどうぞ。」
シン 「助かる。」
フィン「シンはこの後もお仕事ですか?」
シン 「ああ。写真はできたのか。」
フィン「はい。何パターンも撮ったので少し時間がかかりましたがね。」
シン 「それなら、遺体を横たわらせても構わないな。」
フィン「ええ、もちろん。手伝いましょうか。一人では大変でしょう。」
シン 「頼む。食後の運動には少しきついからな。」

 


フィン「…ふう。やはりご遺体となると気を遣いますね。」
シン 「ああ、助かった。」
フィン「いえいえ。他に手伝えることはありますか?」
シン 「もうないな。あとは明日の昼に禊をするだけだ。」
フィン「そうですか……もしよければ、なんですが。」
シン 「何だ。」
フィン「明日の儀式、私も見に来ていいでしょうか。」
シン 「そんな大層なもんじゃないが。」
フィン「いえいえ、大事なことです。仕事とはいえ一度関わった身ですから。弔わせてくださ
    い。」
シン 「…好きにしろ。」

 


SE:ドアを開く音


フィン「帰りましたよ。いい子にしてましたか。」
アリア「おじさん、おかえりなさい!言いつけ通りごはんは二人で食べたよ。ね、カイ。」
フィン「えらいですね。怪我の具合はどうですか。」
カイ 「おかげさまで、腫れは引きました。ありがとうございます。」
フィン「いえいえ。……君がいなくなったことに、屋敷の方々が気づいたようでした。」
カイ 「!…何か、言っていましたか。」
フィン「いいえ、特には。メイドの方は忙しそうにしていましたよ。逃げたと思って焦ったの
    かもしれません。」
カイ 「……。」
フィン「心配しなくても大丈夫です。しばらくすれば落ち着くでしょう。ここでくつろいでい
    てください。」
カイ 「でも……どうしてこんなに優しくしてくれるんですか。」
フィン「ただの自己満足ですよ。いい人ぶりたいだけですから。」
アリア「ね、言ったでしょ。おじさんはこういう人なんだって。」
フィン「さあ、今日はもう寝ましょう。明日も出かけますから、留守の間はこの子を頼ってく
    ださいね。」
アリア「やった!頼まれた!」
カイ 「……ありがとうございます。おやすみなさい。」
フィン「はい。おやすみなさい、また明日。」

 


シン 「……この身にとりつけ給へと、恐み恐みも白す。」

SE:リンゴ齧る音

シン 「奥方の穢れは俺が請け負った。身も魂も、潔白のまま天に召すことができるだろ
    う。」
ダニー「ご苦労。報酬はメイドから受け取ってくれ。紹介状もつけてある。」
シン 「また商談か。」
ダニー「時は金なりだ。失礼する。」
シン 「…。」
フィン「お疲れさまでした。感銘を受けましたよ。」
シン 「大げさだな。汚れ仕事だぞ。」
フィン「私にはとても良い行いに見えましたよ。お金のためだとしても、シンの仕事への姿勢
    は気持ちの良いものです。」
シン 「そうか。俺はもう行く。世話になったな。」
フィン「次の依頼先ですか。」
シン 「ただの移動だ。暫く暮らせる金は手に入ったからな。」
フィン「それなら、少し寄り道しませんか。あなたに聞いていただきたい話があるんです。」
シン 「ここで話せばいいだろ。」
フィン「それは……できれば私の家でお話しを。会わせたい人もいるので。」
シン 「……飯が出るなら行ってもいい。」
フィン「ありがとうございます。では行きましょうか。」

 


カイ 「君はフィンリーさんの娘じゃないですよね。」
アリア「うん。全然知らない、でも優しい人だよ。」
カイ 「なんで、ここにいるんですか。」
アリア「ママに殴られて、家を追い出されちゃったんだけど、たまたま通りかかったおじさん
    が拾ってくれたの。」
カイ 「家には帰らないんですか。」
アリア「……うん。」
カイ 「そうですか……フィンリーさんは確かにいい人です。だけど……やっぱり、僕は一緒
    にいられない。屋敷に帰ります。」
アリア「どうして?また酷いことされるんじゃないの。」
カイ 「確かにあそこは最悪の場所です。薄給だし、自由なんてない。でも、僕の帰るべき
    家はあの屋敷なんです。僕はダニエル様の所有物ですから。」
アリア「おかしい、おかしいよそんなの。」
カイ 「はい、おかしな話です。でも君とフィンリーさんも、同じくらいおかしいんですよ。」

 


フィン「シンはなぜ罪喰いをしているんですか。」
シン 「話したいことってそれか。」
フィン「いえ、これは本題への前振りのようなものです。私は生計を立てるためにこの仕事を
    していますが…いつまでもつことか。」
シン 「転職の相談なら相手を間違えてるぞ。」
フィン「ははは、転職出来たらよかったんですけどね。取柄もないものですから。亡き兄が遺
    したこの道具たちに縋るほかないんですよ。それで、どうして罪喰いを?」
シン 「……あんたと一緒だ。他に道がなかった。」
フィン「では、なぜ旅を?風貌からして東洋の方でしょう。お国へ戻ったりしないんですか。」
シン 「戻る場所はない。一つの場所に留まっても仕事にならないから旅をしている。これ
    でいいか。」
フィン「なるほど。では、生きた人間を断罪したことはありますか。」
シン 「……どういう意味だ。」
フィン「例えばの話ですが、貴方が出会った人間がすでに罪を犯していて、目の前で命を
    断とうとしているとき。貴方はそれを制止して、生きたまま罪を背負わせるのか。
    それとも止めずに罪喰いとしての職務を全うするのか。どちらでしょう。」
シン 「俺は……」

クラン(「願わくば神のいない世界へとお導き下さい。罪喰いの方。」)

シン 「罪喰いだ。そいつの意思で選んだ選択なら、どうこうする気はない。」
フィン「他者を巻き込んだとしてもですか。」
シン 「それは……」
フィン「さあ、着きました。本題は中で」
アリア「待って!」

SE:ドアが勢いよく開く音

フィン「おっと。」
シン 「お前……屋敷にいた子供か。」
カイ 「な…。」
フィン「そんなに慌ててどこへ行くんですか。」
カイ 「それは……。」
フィン「……帰るんですね。」
カイ 「…ごめんなさい。助けてくださり、ありがとうございました。」
フィン「こちらこそ、すみませんでした。せめて送っていってもいいですか。」
カイ 「いいえ、一人で帰ります。」
フィン「そうですか……怒られたら私のせいにしてくださいね。」

SE:走り去る音

シン 「どういうことだ。」
フィン「彼を一日保護していました。ちょっとしたお泊りのようなものです。」
シン 「所有者に無断でか。」
フィン「まあ、そうなりますね。」
シン 「もしかしてさっきの話は。」
フィン「…まさか、ただの例え話です。中へどうぞ。」

 


アリア「昨日の残りだけど…ビーフシチュー、どうぞ。」
シン 「…ああ、ありがたく頂く。」
フィン「……何か気になることでも?」
シン 「そいつも、屋敷の子供と同じか。」
フィン「…ええ、まあ。」
シン 「新聞で見た似顔絵によく似ている。捜索依頼が出ているらしいな。」
アリア「!どうして。追い出したのはママなのに……。」
シン 「れっきとした誘拐事件だ。騒がれるのも当然だろ。」
アリア「違う!おじさんは私を助けてくれたの!なのに……なんでおじさんが悪者にならな
    きゃいけないの。そんなのおかしいよ!」
シン 「保護が目的だとしても、警察や保護施設に届け出なければそれはただの誘拐、
    犯罪だ。」
アリア「おじさんは犯罪者なんかじゃない!勝手なこと言わないで!!!!」
フィン「アリア、落ち着きなさい。……ありがとうございます。その気持ちだけで十分ですか
    ら。私のために泣かないでください。」
アリア「だって…っ!だってぇ……!」
フィン「……シンの言う通りです。保護してすぐ、警察や相談所に届けなかった私が悪い。
    ですが、私なりの考えがあって罪を犯したことを、どうか理解して欲しいんです。」
シン 「どんな理由だろうと許されはしないぞ。」
フィン「わかっています。それでも、私はこの子を守りたいのです。この子は、アリアは母親
    から虐待を受けていたようでした。街で出会った日、酷い雨が降っていたのにこ
    の子は傘もささず、傷だらけの状態で一人、佇んでいたんです。家を追い出さ
    れたと、冷たい目をして語っていました。果たして警察や保護施設に引き渡した
    ところで、この子は幸せに生きられるでしょうか。家に戻されて、またあの冷たい
    目に戻ってしまうのではないでしょうか。」
シン 「ここにいれば幸せになれるとでも言うのか。」
フィン「いえ、これはただの自己満足です。もちろんこの子が望むなら、すぐにでも帰るべき
    だと考えています。」
アリア「!いやだ、帰りたくない!怖いのも痛いのも嫌!ここがいいの!」
フィン「アリア、わかっています。無理に帰そうなんて思っていませんよ。ただ……シン、
    あなたにお願いがあります。」
シン 「何だ。」
フィン「世界中を旅しているあなたなら、平和に暮らせる場所を知っているのではないです
    か。」
シン 「…何が言いたい。」
フィン「道案内をお願いしたいのです。」
シン 「逃亡を手伝えと?馬鹿を言うな。」
フィン「私ではありませんよ。この子が暮らすための場所です。このままでは警察に引き取ら
    れ、親元へ返されてしまうでしょう。もちろんそれが自然で、健全です。でも私は
    抗いたい。この子の願いを叶えてあげたいんです。」
シン 「断る。犯罪の片棒を担がされるのは御免だ。それに…」
アリア「おじさんがいればいい。ここがいいの……。」
シン 「それはあんたの勝手な願いだ。あんただってわかってるだろう。」
フィン「それは……そうですか。アリア、よく聞いてください。私の仕事は恐らく、近いうち
    に価値を失くすでしょう。残念ながら他に食いぶちもないので、苦しい生活にな
    るのは間違いありません。もしかしたら、警察に捕まるほうが早いかもしれない。
    どのみち、この生活は長く続かないんです。」
アリア「それでもいい。おじさんと一緒にいたい。」
フィン「アリア、きっとそれは私でなくともいいんですよ。たまたま通りかかったのが私
    だった、それだけのことです。」
アリア「違う!おじさんだから一緒にいたいの。ママが優しくなっても殴らなくなっても、私
    が一緒にいたいのはおじさんなんだよ。どこにも行けなくていい。苦しくてもいい
    から、一人にしないで……。」
フィン「アリア……。」
シン 「…これ以上話がないなら帰る。」
フィン「……通報、しにいくんですか。」
シン 「面倒ごとは御免だ。俺は何も気づいていない。ただ、親子のような連中と食事を
    した、それだけだ。…ビーフシチュー、うまかった。じゃあな。」

SE:ドア開ける
SE:足音遠ざかる

フィン「……アリア。すみません。酷いことを言ってしまいましたね。」
アリア「いいよ。私がうまく伝えられなかっただけだから。」
フィン「顔をあげて。よく見せてください。」
アリア「…おじさん?」
フィン「怪我、まだ治っていませんね。私にお金があれば、病院でいい薬を貰えたのに……す
    みません。」
アリア「いいの。もう痛くないし。放っておけばそのうち治るから。」
フィン「家事もあなたに任せがちでしたし、負担ばかりかけてしまいましたね。」
アリア「ううん、負担なんかじゃないよ。任せてもらえるのが嬉しいの。むしろ、もっと
    頼って欲しいぐらい。」
フィン「帰りが遅くて、寂しい思いをさせましたね。」
アリア「お仕事頑張ってくれてるんだもん。一人は慣れてるし、全然へっちゃらだよ。」
フィン「……あなたは本当に、いい子ですね。なのに、どうしてこんな。」
アリア「おじさん…?」
フィン「…いえ、なんでもありません。ただ少しだけ、弱くなってしまったみたいです。」
アリア「…おじさんもさみしいの?」
フィン「……そうかもしれません。今までずっと、生活の歪みに気づかないふりをしていま
    した。私はだめな大人です。」
アリア「いいよ。だめでいいの。完璧だったら、一人で生きていけちゃうでしょ。」
フィン「ははは。あなたは大人ですね。私よりよほどしっかりしている。」
アリア「そんなことないよ。さっきはへっちゃらって言ったけど、やっぱり一人は寂しいし…
    我慢できるけどね!」
フィン「えらいですね。やっぱりあなたはいい子だ。」
アリア「えへへ。……おじさんは、生活が歪んでるって言ってたけど、私好きだよ。正しく
    なくても、完璧じゃなくても、私はおじさんと過ごす毎日がとっても大好き。」
フィン「ふふ、嬉しいことを言ってくれますね。私もです。あなたと過ごした日々は一生の宝
    物ですよ。」
アリア「うん。だから、これからもずっと一緒に」
フィン「だからもう、終わりにしましょう。あなたはきっと、正しく生きられるはずです。」
アリア「……ぇ。」
フィン「幸せな日々をありがとうございました。」

 


店員 「お待たせしました。ビーフシチューです。」
シン 「この間の誘拐事件、どうなった。」
店員 「犯人が出頭したらしいですよ。しかも被害者の子と一緒に。いや~生きててよ
    かったですね!でも…あー……」
シン 「なんだ。」
店員 「犯人の事庇ってるらしいんですよ。この人は悪くない~って。恐怖で頭おかしく
    なっちゃったんですかね。かわいそうに。」
シン 「……そうか。」
店員 「ってか、その記事に書いてありますよ。自分で読んでください!それではごゆっくり
    どうぞ。」
シン 「……読めない。」
カイ 「文字、読めなかったんですか。」
シン 「お前。出歩いて大丈夫なのか。」
カイ 「おかげさまで勘当されました。今朝、この事件の調査で警察が屋敷に来て…立場
    を失うのが怖かったんでしょう、迷子とか適当な理由を付けて僕を追い出したん
    です。」
シン 「災難だったな。」
カイ 「はい。でも、晴れて自由の身ですよ。…あの子も、早く自由になれるといいです
    ね。」
シン 「……そうだな。」
カイ 「彼女は警察に保護されていると、記事では報じていました。犯人は全面的に罪を
    認めているらしいです。出頭の件も含め、情状酌量の余地はあるんじゃない
    か、っていう見解みたいですよ。」
シン 「そうか。」
カイ 「もう行くんですか。ビーフシチュー残ってますけど。」
シン 「やる。金は払っておくから気にするな。」
カイ 「いいんですか。じゃあ遠慮なく……おいしいのに勿体ないな。あ、もういない。」

 


シン 「失礼する。このあたりでビーフシチューのうまい店を知らないか。家庭料理のような
    手作り感のあるやつが食いたいんだが……その店はさっき行った。他には……そう
    か、引き留めて悪かったな。」
シン 「……次は飯のうまい国に行くか。」

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