
時空のお姉さん
登場人物:5人 (女:2人 不問:3)
・直哉 :不問
・お姉さん :女性
・店主 :不問
・少女 :女性
・影 :不問
直哉「うーん、44階から動かなくなったエレベーターから外に出て見れば」
直哉(異界ってやつだよね。最近は迷い込んでなかったんだけどなぁ。)
直哉「話が通じる人がいればいいけど、おーい。」
影 「ルベタ、ンゲンニ(人間、食べる)」
直哉「話通じないタイプの異界かぁ。」
影 「スーマキダタイ(いただきまーす)」
直哉「あれ?ちょっとやばい?」
姉 「まったく、なにやってるの。」
直哉「え?」
姉 「やばそうな奴からはすぐ逃げろって言わなかった?」
直哉「あ、お久しぶりです。」
姉 「また呑気な顔して…」
影 「ナルスマャジ(邪魔するな)」
姉 「黙れ。」
影 「アググググググガガガガガ。」
SE:消える音
直哉「あの?」
姉 「大丈夫、アイツの元の世界に帰っただけ。」
直哉「あ、そうなんですね。」
姉 「アナタ、こういうのに巻き込まれやすいんだから気をつけなさいって毎回言ってるはず
だけど?」
直哉「そうは言われましても、どうやって気をつけてもこうなっちゃうんですよ。」
姉 「はぁ…アナタの縁はよっぽどね。」
直哉「縁ですか。」
姉 「この世は縁でできてる。生まれも縁、育ちも縁、人との出会いも怪異との出会いも
ね。」
直哉「最後はいらないなぁ。」
姉 「縁というのは切っても切れないもの、特にアナタのは根が深いからなおさらよ。」
直哉「あきらめて付き合っていくしかないってことですか?」
姉 「そうね、まぁ安心しなさい。」
直哉「?」
姉 「こうやって迷子になっても私が元の所に返してあげるから。」
直哉「ここは…エレベーター。」
SE:エレベーターの動く音
直哉(動いてる、ちゃんと帰ってこれたのか。)
直哉「またあのお姉さんにお世話になっちゃったなぁ……」
直哉(異界に行くたびに送り返してくれるお姉さん、もう10回くらい会ってるけど)
直哉「そういえば名前って聞いたことなかったな。」
直哉(って言われて三日ほどでまた別の異界です、と。またお姉さんに怒られるなぁ。)
直哉「まさかマンホールに乗るだけで異界に飛ばされるなんて…どんどん雑になってないか?異界送り。」
直哉(影絵みたいな街並み、文字は…読めそうで読めない。日本語っぽいけど…)
SE:肩を叩く音
直哉「はい?」
影 「イイテベタ?(食べていい?)」
直哉「は、はろー?」
影 「スーマキダタイ(いただきまーす)」
直哉「またこのパターンっすかぁ!」
SE:走り出す音
直哉「はぁっ…はぁっ…まだついてくるっ!しつこい!」
影 「テッマ!テッマ!(待って待って!)」
直哉「なんか増えてるじゃん!どこか隠れるところは?」
直哉(影絵の街……この建物に入れるのか?でも入り口がどこかわかんない。)
影 「トッヨチウモ(もうちょっと)」
直哉「まずいまずいまずい!」
直哉「!あそこ、扉が開いてる!」
影 「テーマー(まーてー)」
直哉「お邪魔しまぁす!」
SE:扉が閉まる音
直哉「はぁっ…はぁっ…助かっ…た?」
店主「いらっしゃいませ、おや?珍しいお客様ですね。」
直哉「あっ、すみません、勝手に入ってしまって。」
店主「いえいえ、当店は誰でもウェルカムでございます。」
直哉「お店なんですか?ここ。」
店主「ええ、私店主をやらさせていただいております。」
直哉「こんなところで一体どんなお店を?」
店主「こんなところ?一体どのようなところからいらしたのですか?」
直哉「えーと、その扉の先からなんですけど。」
店主「ああ、すみません。一度外を覗いてみてください。」
直哉「え、大丈夫ですか?なんか外ヤバそうなやついたんですけど。」
店主「大丈夫ですよ。」
直哉「じゃ、じゃあ…」
SE:ドアを開ける音
SE:吹雪の音
SE:ドアを閉じる音
店主「どうでしたか?」
直哉「めっちゃ吹雪でした、というかさっきの場所と違うところに出たんですけど。」
店主「当店の入り口は世界各国津々浦々、宇宙の果てから異界まで、ありとあらゆる場所へ通じておりますので。」
直哉「そんなまさか」
SE:ドアを開ける音
SE:竜巻の音
SE:ドアを閉じる音
店主「どうでしたか?」
直哉「どういう構造なんですか?」
店主「まぁ不思議なお店とでも思っておいてください。」
直哉「はぁ。」
店主「で、どのようなお店なのか、ということですが。」
直哉「あ、そういう話でしたね。」
店主「ここは…そうですね。必要な物が必要な人に出会うまでの待ち合わせ場所、のようなところです。」
直哉「?」
店主「まぁ簡単に言うとアンティークショップと思っていただければ。」
直哉「なるほど?」
店主「さて、お客様。お客様のお困りごとを伺いましょう。」
直哉「急ですね、どうしてです?」
店主「このお店にいらっしゃる方は大抵深い悩み事を抱えております。その悩み事を解消できる物を、提供させていただいているのです。」
直哉「悩み…そうですね……その、信じてもらえるかわかりませんけど。」
店主「はい。」
直哉「僕、奇妙な縁があるらしくてですね、よく変なことに巻き込まれるんです。」
店主「ほぅ?」
直哉「最初は夜道に変な生き物に会うとか、聞いたこともない言葉が聴こえてくる程度だったんですが、最近は異界に飛ばされるようになりまして。」
店主「それはそれは、珍しい経験をされていますねぇ。」
直哉「信じてくれるんですか?」
店主「まぁこのような店を営んでいる身ですので。」
直哉「確かに、このお店の方がよっぽど不思議かもしれませんね。」
店主「お客様はその縁を何とかしたい、ということですか?」
直哉「そうですね、何度か死にかけたので、できれば。」
店主「ふむ……」
直哉「やっぱり難しいですか?」
店主「いえ…何とかすることはできます。」
直哉「じゃあ!」
店主「落ち着いてください。」
直哉「あ、すみません。」
店主「縁というのは合縁奇縁複雑に絡み合っているものです。お客様のように特殊な方なら特にです。」
直哉「はい、知り合いの人に根が深いとは言われました。」
店主「その縁を断つとなりますと、お客様のありとあらゆる縁を断つことになります。」
直哉「それは……」
店主「お客様の人間関係、今の生活、下手をしたら親兄弟まで、全てが断ち切られ別のものへと変わってしまう可能性があるという事です」
直哉「……」
店主「それでもあなたは縁を断ちますか?」
直哉「……いえ、やめておきます。」
店主「賢明な判断かと、ではこちらを。」
直哉「これは?」
店主「お守りみたいなものです。」
直哉「お守り?」
店主「それを持っていれば悪い縁は薄れ良い縁は深まります。」
直哉「え?めちゃくちゃスゴイ奴だ!」
店主「誰にとっての良い悪いかはわかりませんがね。」
直哉「え?」
店主「大丈夫ですよ、少なくても今よりかはマシになるはずですから。」
直哉「ありがとうございます。」
店主「で、お代の方なのですが。」
直哉「あ、今そんなに持ち合わせが。」
SE:電卓をたたく音
店主「本来ならこれだけ頂かなくてはならないのですが」
直哉「一十百千万十万……」
店主「今ならなんと初回特典、私のお願い事をきいていただければタダで差し上げましょう。」
直哉「こ、この金額の品物をですか?」
店主「ええ、そのお願いというのですがね。」
直哉「ごくり。」
店主「あなたの人生を物語にさせていただきたいのです。」
直哉「え?」
店主「実は私は趣味で物語を書いておりまして、」
直哉「はぁ。」
店主「あなたは実に奇妙な人生を歩んできた方だ。そしてこれからもきっと奇妙な人生を歩むことでしょう。」
直哉「なんかいやな予言だなぁ。」
店主「そんなあなたの人生を物語として綴るのは実に心が躍ります、どうでしょうか?」
直哉「いや、全然いいんですけど、それで対価に見合いますかね?」
店主「十分に。」
直哉「じゃあそれでお願いします。」
店主「はい、お買い上げありがとうございます。」
直哉「こちらこそありがとうございます。」
店主「さて、後は帰り道ですね。」
直哉「あ、そうでした、どうしよう。」
店主「お客様に安全に帰っていただくのも店主の務め、お任せください。」
直哉「なにからなにまで。」
店主「いえいえ、それではそちらの扉の前に立っていただいて…そうです。」
SE:扉を開く音
店主「では、息を止めて左目を閉じて右足から外へでてください。」
直哉「だ、大丈夫なんですか?」
店主「ご安心ください。」
直哉「じゃ、じゃあ…お世話になりました。」
店主「またのお越しをお待ちしております、お代はその時にでも。」
SE:扉の閉まる音
直哉「うわぁ、真っ暗闇。これ本当に大丈夫かな?」
SE:歩く音
直哉「適当に進んでるけど大丈夫かな?誰にも会わないし、もしかして騙された?」
少女「誰?」
直哉「え?」
少女「アナタは誰?」
直哉「えっと、僕は直哉。君は?」
少女「わからない。」
直哉「わからない?自分の名前がわからないの?」
少女「そう、わかるのは役割だけ。」
直哉「役割?」
少女「アナタはなんでこんなところにいるのかしら?」
直哉「えっと、話すと長くなるんだけど」
直哉「…ってかんじで帰り道を探してたんだよ。」
少女「なるほどね…アナタが買ったソレ、役にたったみたいね。」
直哉「買ったって、コレ?」
少女「ソレのお陰で私と縁が出来たみたいよ。」
直哉「縁ができた…それはラッキー、なのかな?」
少女「ラッキーよ、だって私は帰り道だもの。」
直哉「君が帰り道?」
少女「そう、私の役割は異界に迷い込んだ者を元居た場所に戻すこと。」
直哉「え、凄い!そんなことができるんだ。」
少女「そうやって私は迷い込んできた人をずっと送り返してきた。」
直哉「それでここに誰もいないのか。」
少女「じゃああなたも返してあげるわ、こんなところあんまり長居するものじゃないから。」
直哉「……君は…ずっと一人でここにいるの?」
少女「ええ、長い間ずっとね。役割があるからここには誰も残らない。」
直哉「さみしかったり、辛かったりしないの?」
少女「妙なことを聞くのね、あなたには人間の姿に見えているかもしれないけど、私は異界に住んでいる怪異よ、そんなまともな感性を持ち合わせていると思う?」
直哉「それはわからないけど…僕を送り出そうとしてた君が、さみしそうに見えたんだ。」
少女「ふぅん…それで?もし私がさみしいと言えば、あなたは一体何をしてくれるのかしら?」
直哉「え?うーん……」
少女「どうしようもないことに首を突っ込むのはやめなさい。」
直哉「あ、そうだ。」
少女「なに?これは?」
直哉「なんかよくわからないけど縁を深くするお守りだって、さっき買ったんだ。」
少女「それはさっき聞いたわ。ずいぶん胡散臭い代物を売りつけられたのねアナタ…どうやら本物っぽいけど。」
直哉「良かったぁ、ちょっと騙されたかもって思ってたんだよね。」
少女「で?それがなに?」
直哉「君がこれを持ってたら僕との縁が深まるかなって。」
少女「話が見えてこないんだけど。」
直哉「僕って良く異界に迷い込むんだ。」
少女「そういえばそんなことを言っていたわね。」
直哉「で、君は異界から僕をもとの場所に戻してくれる人、だよね。」
少女「さっきから何を言いたいの、アナタ。」
直哉「だから、君と縁が深ければ僕が異界に迷い込んだ時君が助けに来てくれるでしょ?そうすればまた会えるかなって。」
少女「……ずっと思っていたんだけど、アナタ馬鹿なのね。」
直哉「いいアイデアだと思うんだけどなぁ。」
少女「はぁ……いいわ。」
直哉「え?」
少女「アナタが迷子になったら私が助けに行ってあげる、これでいいかしら?」
直哉「うん、助かるよ。」
少女「でもこれだけじゃちょっと足りないかしら。」
直哉「え?対価がいるの?」
少女「そうじゃなくて縁がちょっと足りなそうなのよ…そうね、アナタ私に名前をつけなさい。」
直哉「名前ってそんな簡単につけていいものなのかな?」
少女「名前を付けるという事は深く縁を結ぶ行為よ。」
直哉「めっちゃ責任重大じゃん。」
少女「それだけ縁が深ければ足りるでしょ。」
直哉「そういうことなら……紫苑。」
少女「紫苑…紫苑…いい名前ね。」
直哉「良かった、よろこんでもらえて。」
少女「迷ったらその名前を呼びなさい。」
直哉「うん、その時はよろしく。」
少女「気をつけて帰りなさい。」
直哉「帰ってこれた……のか。」
SE:扉の開く音
店主「おや、今日は珍しい客が多いですね。」
姉 「ここに来た客はどこにいったの?」
店主「不躾な質問ですね。」
姉 「どこに行ったか聞いてるの。」
店主「今頃どこかの怪異が元の世界に送り返しているんじゃないんですかね。」
姉 「……そういうこと。コレ、あなたが売りつけたのね。」
店主「ええ、彼の物語を綴らせてもらう権利と引き換えにですが。」
姉 「いつもながら悪趣味ね。」
店主「いいじゃないですか、とてもいい名前をいただいたのでしょう?」
姉 「何で知ってるのか…聞いても無意味ね。」
店主「異界というのは時間の流れも一方通行ではないですからね。今の私はあの方の結末も知っています。聞きたいですか?」
姉 「結構よ、それじゃ。」
SE:扉を閉じる音
店主「縁とは厄介なものですねぇ。異界に引かれるからあの女と縁ができたのか、あの女と縁
ができたから異界に引かれるのか、はてさて、一体どちらでしょうね。」