遣らずの雨
登場人物:2人(男:1人 不問:1)
・達也 …男性
・時雨 …不問
SE:雨の音
達也「(嫌な事があるときはいつも雨が降っていた。自転車を盗まれた時も、ペットのシロが死んだ時も、両親が離婚した時も、彼女に振られた時も、全部雨が降っていた。だから、俺は雨は嫌いだ。)」
時雨「やっほ、達也。」
達也「お前か。」
時雨「おや、つれない反応。テンション低いね。」
達也「知ってるだろ?雨嫌いなんだよ。」
時雨「そういえばそんなことも言ってた気がする。」
達也「お前はなんていうか、いつも通りだな。」
時雨「それほどでも。」
達也「別に褒めてねぇよ。」
時雨「そう?ま、いいや。今日は何してんの?」
達也「雨止むの待ってるんだよ。」
時雨「傘は持ってないの?天気予報じゃ午後から降るって言ってたのに。」
達也「俺が律儀に天気予報見てるように見えるか?」
時雨「あはは、見えないね。」
達也「大学出た時は小雨だったから行けるだろって走ってたら急に土砂降り。んでここに閉じ込められたってワケ。」
時雨「考え無しだねぇ。コンビニで傘買えば?」
達也「似たようなことして買ったビニール傘が家に五本くらいあるんだよ。」
時雨「君は僕が思ってるより大分おバカさんだね。」
達也「うるせぇよ。ってかお前はなにやってんだ?」
時雨「うーん。しいて言うなら雨を満喫してた、かな。」
達也「?」
時雨「ほら、僕って名前に雨が入ってるじゃない?」
達也「いや、お前の名前の漢字とか知らんけど。」
時雨「いやいや、シグレって言ったら時に雨って書いて時雨でしょう?常識的に考えて。」
達也「どこの世界の常識なんだか。」
時雨「それでね、まぁ自分の名前に雨が入ってることもあって、僕はそこそこ雨が好きなんだよ。」
達也「変わった奴だな。」
時雨「そう?まぁ雨が嫌いな君からしたらそうかも知れないけどね。」
達也「雨なんて嫌いな奴が大半だろ?」
時雨「あんまりはっきりと好き嫌いって人はそんなにいないと思うけどね。」
達也「どういうことだ?」
時雨「だって雨って『しょうがない』じゃん?どんだけ嫌ったって降るときは降るし、どんだけ降って欲しくても降らない時は降らない。僕たちがどんなに好き嫌いって言ったって意味ないじゃん。」
達也「あー…なるほど?」
時雨「だからさ、苦手だなぁとか面倒くさいなぁとか思う人はいるかもしれないけど君みたいにはっきりと嫌いっていう人は珍しいと思うんだよね。」
達也「苦手だとか面倒くさいってことは嫌いってことだろ?」
時雨「僕は君のことを滅茶苦茶面倒くさい奴だとは思うけど。」
達也「あ?」
時雨「別に君のことは嫌いじゃない。そういうことさ。」
時雨「(出歩くなら雨の日が良い。雨の日は皆周りなんて気にしない。自分の傘の下に閉じこ
もって、足元を見ながら足早に過ぎ去っていく。誰にも気にされないから、自由に振
舞えるから、僕は雨が好きだ。)」
時雨「またこんな所にいる。」
達也「なんだ、またお前か。」
時雨「また僕だよ。」
達也「なんかお前とは雨の日ばっかり会ってる気がする。」
時雨「だって、雨の日にバス停通りかかったら毎回君が雨宿りしてるんだもん。そりゃそうでしょ。」
達也「納得したわ。」
時雨「雨の日にだけ出会える妖精さんかな?君は。」
達也「笑える冗談だ。」
時雨「あはは。想像したら僕も笑っちゃった。」
達也「そういえば一つ気になってたんだけどよ。」
時雨「うん?何かな?」
達也「マスク、なんでいつもつけてんの?」
時雨「あ、これ?なんでだと思う?」
達也「わかんねーから聞いてんだが?」
時雨「じゃあ秘密。」
達也「なんだそりゃ。」
時雨「もしかしたら口裂け女かもしれないよ?僕。」
達也「笑える冗談だ。色んな意味で。」
時雨「僕、綺麗?」
達也「雨でびしょ濡れだから洗った後の犬みてぇ。」
時雨「君は風情がないなぁ。水も滴るってやつだよ。」
達也「なんで傘ささないんだ?忘れたのか?」
時雨「君じゃないんだから。」
達也「うっせ。」
時雨「僕が傘をささないのは雨を楽しんでいるからだよ。」
達也「そういやお前雨が好きとかいう変人だっけか。」
時雨「言い方。傘に雨が当たる音も好きなんだけどね。体を打つ雨の感触が好きなんだ。」
達也「意味がわからんな。」
時雨「まぁそうだろうね。」
達也「で、結局ずっとマスクしてる理由は?」
時雨「ありゃ、ごまかされなかったか。」
達也「……まぁいいや。」
時雨「そういうところ、君の美徳だと思うよ。」
達也「今日はあいつこねーのか。」
達也「(……いや、別に待ってるわけじゃねーけど。)」
達也「雨も小降りになって来たし、行くか。」
SE:雨の中を走る音
達也「(あれは……)」
達也「時雨…か?」
時雨「え…あ…」
達也「お前…こんなところでなにやって……」
時雨「見ないでっ!」
達也「え?」
時雨「……ごめん……」
SE:走り去る音
達也「(一瞬チラっと見えたアイツの顔……あれは……)」
達也「よう。」
時雨「あ……」
達也「久しぶりだな。」
時雨「うん…そうだね。」
達也「なんでそんなに離れたところにいるんだよ。」
時雨「だって…気持ち悪いでしょ。」
達也「なにが?」
時雨「僕の顔。」
達也「別に。」
時雨「嘘。」
達也「嘘じゃねーよ。」
時雨「嘘。だって……」
達也「一々他人の顔なんか気にしてねぇよ。だから別に、だ。」
時雨「……そっか。」
達也「……」
時雨「聞かないの?」
達也「聞いてほしいのか?」
時雨「……そうだね。少しだけ、聞いてもらってもいいかな?」
達也「いつも勝手に話してるだろ?こっちも勝手に聞いとく。」
時雨「小さいころにね、大きな火事があって。」
達也「ああ。」
時雨「僕だけ、火の中に取り残されてたの。」
達也「ああ。」
時雨「この顔はその時の火傷。一生治らないんだ。」
達也「ああ。」
時雨「火に囲まれてね、もう駄目だ、ってなった時に、雨が降ったんだ。」
達也「雨が……」
時雨「うん、雨。その雨が火を消してくれて、熱くて苦しかった僕の体に優しく降って来て、それでああ、僕は助かったんだって。」
達也「そうか。」
時雨「だから、今でも雨は好き。僕を助けてくれた雨が。」
達也「なるほどな。」
時雨「それからは、顔こんなになっちゃったからマスクで隠して、人の目を避けて、ずっとうつむいて生きてきたんだ。」
達也「……ああ。」
時雨「でもね、雨の日は、僕の好きな雨の日にはね、皆周りのことなんて気にしないから、普通にしていられたんんだ。」
時雨「だから、雨の日に君に出会って、普段じゃできないこと。普通におしゃべりが出来て、すっごく楽しかったんだ。早く次の雨が降らないかな?またあそこに居てくれるかな?次はどんなこと話そうかなって。」
時雨「そうやって浮かれてたらね、この前。君に見られちゃった日にね、同級生に見つかっちゃって、そいつら、嫌な奴でさ。僕のマスクとって遊んだんだ。ガキだよね。」
時雨「そこを運悪く君に見つかっちゃって。」
時雨「もう、僕どうしたらいいかわからなくてさ。」
達也「『しょうがない』だろ?」
時雨「え?」
達也「お前の顔がそうなっちまったのは昔の話で、今のお前にはもうどうしようもないことだろ?」
時雨「そう…だね…」
達也「だから『しょうがない』。どんだけ嫌がったってその顔で生きるしかないし、見られたくなくても見られる。お前にはどうしようもないことだ。」
時雨「……」
達也「雨と一緒だ。」
時雨「え?」
達也「お前が言ったんだろ?雨は『しょうがない』って。」
時雨「言った…ような気がする。」
達也「だからどんなに好き嫌い言っても意味がねーんだよ。」
時雨「もしかして……慰めてる?」
達也「……知らん。」
時雨「嘘でしょ?こんなに伝わりづらい慰めっってある?」
達也「うるせーよ。口下手なんだよこっちは。」
時雨「あは…あはは。」
達也「笑ってんじゃねーよ。お前のおかげで雨に対してまぁしょうがねーかって思うようになったんだからお前もそう思っとけ。」
時雨「君って奴はほんと……ほんとにさぁ……」(以下泣く演技)