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​Fini

登場人物:2人(男:0人 女:0人  不問:2人)

・下村 …不問

・井上 …不問

下村「(形あるものはいつか壊れる、そう誰かが言っていた。世界は有限で、等しく終わりだけが訪れる。それでも僕は……)」

 


井上「あ、下村いらっしゃい。どうだった今日は。写真撮れた?」
下村「まあまあかな。見る?」
井上「ああ!……ん、潮のにおい。」
下村「え、ああ、わかる?今日は浜辺で撮ってきたんだ。ほら。」
井上「おお!綺麗……俺も行きたいな。退院したら連れて行ってくれよ。」
下村「退院するころにはもう寒いんじゃ。」
井上「大丈夫、きっと秋の海も綺麗だから。」
下村「そういうことじゃなくて……まあいいや。具合はどう?」
井上「いい感じ。数値も安定してきてるし、退院の時期も早まるかもって。」
下村「よかった。じゃあリハビリ頑張らないとだ。」
井上「うへぇ。何気にキツイんだよなあれ。めんどくさ。」
下村「文句言わない。じゃあ、僕はこれで。」
井上「え、もう行っちゃうの。」
下村「試験近いからさ、勉強しないといけなくて。ごめん。」
井上「そっか、頑張れよ。」
下村「うん、また明日……リハビリサボるなよ。」
井上「わかってるって!じゃあな。」

 


井上「いらっしゃい。今日の写真は?」
下村「撮ってないよ。今日はここを撮るから。ああ、看護師さんに許可はもらったよ。」
井上「ここって……病室じゃん。こんなところ撮って面白いか?」
下村「今日で退院なんだし、記念にさ。なかなか病室の写真なんて撮れないから。」
井上「ええ……まあいいか。好きにしろよ。」
下村「え、なんで退くの。」
井上「?病室の写真撮るんだろ?」
下村「井上も写るんだよ。」
井上「え、俺も!?こんな格好で?」
下村「普段着だったら記念にならないでしょ。窓の外見てて。」
井上「ああ。こんな感じ?」
下村「そうそう……ありがとう。撮れたよ。」
井上「どれ……すご。これ本当に俺?」
下村「絵になるでしょ。絵っていうか写真だけど。」
井上「よく撮れてる。海での撮影も楽しみだな。」
下村「そうだね。着替えて荷物まとめるんでしょ。何か手伝えることある?」
井上「じゃあ荷物持ちで。挨拶とか終わったら声かけるからロビーで待ってて。」
下村「了解……井上。」
井上「ん?なにー?」
下村「退院おめでとう。」
井上「……へへ、ありがとう。」

 


井上「海だああああああああああ!……っくし。」
下村「だから寒いって言ったのに。ほら、上着。」
井上「ありがとう。まさかこんなに冷えてるとはな。」
下村「10月も半ばだから……って、なんで靴脱いでるの。」
井上「なんでって、下村は入らねぇの?海。」
下村「入らないよ!僕はここで写真撮ってるから。」
井上「勿体なー。っわ、つめた!」
下村「あんまり深くまで行くなよー!」
井上「わかってるって!っはは!」
下村「……楽しそうだな。連れてこられてよかった。」
井上「下村!貝殻あった!」
下村「どれどれ。あ、ほんとだ綺麗だね。拾う前に一枚……わ、波が来た。」
井上「波も一緒に撮れたら写真映えしそうだな。」
下村「狙ってみるかぁ……今!」
井上「いけた?」
下村「うーん。ブレた。このカメラ動きに弱いからなぁ。」
井上「じゃあ集めて並べたところ撮ろうぜ。あの岩の上とか置きやすそうじゃね?」
下村「それがいいかもしれないね。僕も探そう。」

 


下村「こんなもんかな。いい具合に日も暮れたし。夕陽をバックに……撮れた。」
井上「夕陽が反射してて綺麗だ……なあ、俺も撮ってよ。」
下村「いいよ。どこで撮る?」
井上「ここでいいよ。夕陽とツーショ。」
下村「了解。1+1は?」
井上「2ー!って子供か!」
下村「ごめんごめん。定番かなって。いいのが撮れたよ。」
井上「それならいいけどさ。けほっ。」
下村「大丈夫?そろそろ本格的に冷えてきたし、帰ろうか。」
井上「あ、最後に二人で撮ろう。記念にさ。」
下村「え……僕はいいよ。撮られるの苦手だし。」
井上「こんなに綺麗なのに。もったいない。」
下村「綺麗って何が……まあいいや。帰るよ。おばさんに心配かけたくないし。」
井上「わかったよ。その代わり、次に来たときは撮るからな。」
下村「はいはい。」
井上「お前、今絶対適当に返事しただろ。お前が忘れても俺は覚えてるからな。」
下村「わかったって!一枚だけだよ。」
井上「よろしい。へへ、約束。楽しみだなぁ。」
下村「……そうだね。楽しみだ。」

 


下村「楽しみだったんだ。井上との約束。なのになんで。」
下村「ここには僕しかいないんだろうね。」

 


下村「(11月初旬、この時期にしては暖かい小春日和の朝に、井上は息を引き取った。容態が
     急変して間もなく、眠るように旅立ったと聞かされた。葬儀には顔を出さなかった。)」

 


下村「……もうすっかり冬になったよ。井上。」
下村「冷たい。」
下村「(あの時の暖かさはもうない。)」
下村「寒い。寒いんだ、井上。」
下村「井上。」

 


下村「(形あるものはいつか壊れる。世界は有限で、等しく終わりだけが訪れる。だから残そ
     うと思った。せめて自分が壊れるまでは、僕の見てきた風景を、温度を、想い出を切り
     取っていこうと思った。忘れないように。色褪せないように。……なのに。)」
下村「どうしてこんなに苦しいんだろう。」
下村「(あの時一緒に写真を撮っていたら、割り切ることができたのだろうか。今はこの笑顔
     だけが───)」

 


SE:大きな波の音

 


下村「寂しいよ。井上。」

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