雪色
登場人物:4人(男:2人 女:1 不問:2)
・シンヤ:男性
・テンコ:女性
・サエキ:不問
・ソウジ:男性
シンヤ(トンネルを抜けると、そこは一面銀世界だった。ちょっと前まで住んでいた所では想
像もできない光景。真っ白い雪に太陽の光が反射して、妙に眩しく感じた。)
SE:車の車内
ソウジ「すまないな、信也。こんな田舎に。」
シンヤ「大丈夫だよ、オヤジ。勉強なんてどこでもできるし。」
ソウジ「私がもっとしっかりしていれば……」
シンヤ「気にすんなって。」
ソウジ「はぁ……しかしこの辺は変わってないな。」
シンヤ「そうだな。5年前に出てった時と同じだ。」
ソウジ「まさかここに帰って来ることになるなんてな。」
シンヤ「な。でも実を言うとちょっとは帰って来たいって気持ちもあったんだぜ?」
シンヤ(口にしながら、自分の中の古いアルバムを開く。そこにあるのはこの5年、一度も忘れたことのない顔。雪にも負けないくらい銀色の髪を風に靡かせ、微笑む少女。アイツは、今もあそこに居るんだろうか。たった一人で、ずっと長い間。)
???「おいわっぱ。こんな山の中でなにをしておる。」
シンヤ「掃除。」
???「掃除?」
シンヤ「曾爺ちゃんに聞いたんだ。ここって前は神社だったんだって。でも今は皆忘れちゃったって。だから俺が掃除してんだ。」
???「なぜお主がそんなことをする?」
シンヤ「だって、皆に忘れられたら神様がひとりぼっちになっちゃうじゃん。俺、ひとりぼっち嫌いだから。」
???「……そうか。」
シンヤ「うん。君はここで何をしてるの?」
???「儂か?儂は……待って居った。」
シンヤ「待ってた?誰を?」
???「わからん。」
シンヤ「わからないのに待ってた?」
???「ああ。もしかしたら儂が待って居ったのはお主だったのかもしれんな。」
シンヤ「僕?」
???「ああ。お主、名前は?」
シンヤ「信也、浅葱信也。君は?」
???「儂の名は……」
シンヤ「確か神社の裏の道から山に入って…この道を行けば……」
シンヤ(何やってんだろうな、俺は。居るはずなんてないのに。)
シンヤ「流石に寒いな……はは、凄い雪。」
???「この様な所に何用じゃ?」
シンヤ「…っ!」
???「お主……」
シンヤ「テンコ、だよな?」
テンコ「まさかとは思うた。だが……」
シンヤ「久しぶり。」
テンコ「帰って来てしもうたのか、信也。」
シンヤ「ああ。」
テンコ「そうか……よう戻った。」
シンヤ「親の都合だけどな、偶々帰って来ることになっちまったんだ。」
テンコ「?」
シンヤ「それにしても、お前全然変わってねーのな。」
テンコ「…たかだか5年かそこらでこの儂が変わるわけなかろう。」
シンヤ「そっか。うん、でも会えてよかった。」
テンコ「……そうじゃな、そうかもしれん。」
シンヤ「俺、こっちに引っ越してきたからさ。またちょくちょく掃除とか来るよ。」
テンコ「いや、信也。お主は……」
サエキ「はい!というわけで今回やってきたのはこちらの隠された神社でーす!」
シンヤ「…」
テンコ「…」
サエキ「ってあれ?先客?……もしかして僕、お呼びでない?」
SE:足音
サエキ「なるほど、それで信也君は5年ぶりにこの町に。」
シンヤ「はい、それで佐伯さんは…」
サエキ「登録者10万人越え!大人気心霊系ク―チューバー、サエキンとは僕のことさ!」
シンヤ「サエキン…」
サエキ「あれ?知らない?結構有名だと思うんだけどなぁ、僕。」
シンヤ「すいません、あんまりクーチューブとか見ないんで。」
サエキ「そっか。まぁ趣味で心霊スポットとかパワースポットを巡って動画撮ってる奴って思ってくれればいいよ。」
シンヤ「趣味なんすね。」
サエキ「好きでやってるからね。で今回はあの神社に来たらそこに君たちが居たってワケ。」
シンヤ「佐伯さんは…見えるんすよね、テンコのこと。」
サエキ「一応霊感らしきものは人よりあるからね、見えるよ。君のほうこそ全然そういうの感じないけど見えるんだね。」
シンヤ「やっぱりあいつ、人間じゃないんす、よね。」
サエキ「そうだね。でも悪いモンじゃないさ。むしろ神様とかそっちより。」
シンヤ「アイツとは幼馴染なんです。小さいころに会って、一緒に遊んで仲良くなって、親の都合で引っ越して会えなくなって、また親の都合で再会して。」
サエキ「なるほどねぇ。つまり僕は感動の再会に水を差してしまった、と。」
シンヤ「あ、すみません。そういうつもりで言ったんじゃ…」
サエキ「あはは、じょーだんじょーだん。僕、しばらくこの町に居るからさ。何か困ったことがあったらなんでも相談して。」
シンヤ「ありがとうございます。」
サエキ「ちょーっと面倒くさいことになってるねぇ。とっとと祓ってお終い!ってわけにはい
かないしなぁ……」
シンヤ「ただいま…ってオヤジ、クーチューブとか見るんだ。」
ソウジ「駄目だな、私は。なにも手がつかなくて日がな一日こんなものばっかり見てる。」
シンヤ「気にすんなよ……ってこれ佐伯さんじゃん、今日会ったぞ。」
ソウジ「サエキンさん、今この町に来てるのか。」
シンヤ「なんかふつーの兄ちゃんだったぜ。」
ソウジ「はぁ……そろそろご飯の支度をしないとな。」
シンヤ「じゃあ俺勉強してるから、出来たら呼んでな。」
シンヤ(仏壇に供えてあるカップうどん、テンコの好きだったやつだ。持ってってやるか。)
シンヤ「あれ?テンコ、誰かと話してる?佐伯さんか?」
テンコ「もう少し、待ってはくれんか。」
サエキ「しかし、このままでは……」
シンヤ「佐伯さん、来てたんすね。」
サエキ「……今日はこれで失礼します。信也君、またね。」
SE:遠ざかっていく足音
シンヤ「佐伯さんとなに話してたんだ?」
テンコ「詮無きことじゃ、それよりもシンヤ。」
シンヤ「なに?」
テンコ「あまりあやつに近づくな。」
シンヤ「あやつって…佐伯さん?」
テンコ「そうじゃ、お主にとってあやつは危険じゃ。」
シンヤ「全然無害そうな人だけどな。」
テンコ「いいから、儂のいうことを聞いておけ。」
シンヤ「はいはいわかりましたよ。それよりこれ、お前の大好物。」
テンコ「おぉ!ではさっそく供えよ。」
シンヤ「大仰な。ほらゴン兵衛の狐うどん。」
テンコ「昔と変わっておらんな!愛しのゴン兵衛!」
シンヤ「お前これ好きだからなぁ、昔はよく家からちょろまかしたもんだ。」
テンコ「こいつのお揚げは分厚くて最高なのじゃ!よし湯を沸かすぞ!」
シンヤ「はいはい、前みたいに慌てて食って火傷すんなよ。」
サエキ「や、信也君。」
シンヤ「…どうも。」
サエキ「あれー?なんか警戒されてる?」
シンヤ「別に…」
サエキ「あの娘になにか言われたのかい?」
シンヤ「いや、違います。俺になにか用すか?」
サエキ「そうだねぇ…僕が心霊系クーチューバーってことは知ってるよね?」
シンヤ「ええ、そういえばオヤジも佐伯さんの動画見てましたね。」
サエキ「おや、そいつはありがたいねぇ。」
シンヤ「それがなにかあるんですか?」
サエキ「いや、僕は趣味でクーチューバーをやってるんだけどね、本職でお祓いみたいなこともやってるんだ。」
シンヤ「お祓い……ってまさかあんた。」
サエキ「おっと、そんな怖い顔しないでくれよ。別に彼女をどうこうしようなんて考えて無いから。」
シンヤ「じゃあなんでそんな話を俺にするんすか。」
サエキ「わからないかい?」
シンヤ「いや、わかりませんけど。」
サエキ「そっか。」
シンヤ「……もう行きます。」
サエキ「こりゃそろそろ本格的に動かないとだねぇ。いやぁ面倒くさい。」
シンヤ「よっす、テンコ。」
テンコ「シンヤか。」
シンヤ「なんか辛気臭い顔してんな。」
テンコ「余計なお世話じゃ。それよりお主、あの男に会ったな?」
シンヤ「わかるのか?」
テンコ「あやつの臭いはわかりやすいからな。」
シンヤ「あの人、お祓いとかする人なんだってな。」
テンコ「そう言っておったのう。」
シンヤ「大丈夫なのか……その、お前。」
テンコ「儂をなんだと思っておるのだ、悪霊なんかじゃありゃせんよ。」
シンヤ「知ってる。お前が悪霊だったら俺、とっくに取り憑かれてるからな。」
テンコ「そうじゃのぉ…お主に取り憑いてみるのも楽しそうではあるがな、ククク。」
シンヤ「四六時中お前と一緒は勘弁。」
テンコ「なんじゃと?この罰当たりめ!大体お主はな……」
シンヤ「ん?家に誰か来てるのか?」
サエキ「……と、いうわけなんですよ、お父さん。」
ソウジ「そんな、信也が……」
サエキ「なのでここは僕に任せてもらって…」
シンヤ「なんでアンタがここに居るんだよ。」
サエキ「おや、おかえり信也君。」
ソウジ「信也……」
シンヤ「人んちまで上がりこんで、アンタ一体何がしたいんだよ。」
サエキ「言ったろう?僕のお仕事はお祓いだって。」
ソウジ「わ、私が悪かったんだ。全部、全部私が。私のせいで信也は……信也が地縛霊になんて……そんな……」
シンヤ「テンコは地縛霊なんかじゃねぇ!オヤジにまでなに吹き込んでるんだ、アンタ!」
サエキ「僕は本当のことを言ったまでだよ。疑うのはよしてくれ。」
シンヤ「ふざけるな!出て行ってくれ、この家からも、この町からも。」
サエキ「仕事が済んだらそうさせてもらうよ。じゃあ、そういうことで。」
SE:立ち去る音
シンヤ「なんなんだよ、あの人は。」
ソウジ「すまない、私のせいで。信也……」
シンヤ「アイツはもう帰ったから大丈夫…」
サエキ(仕事が済んだらそうさせてもらうよ。じゃあ、そういうことで。)
シンヤ「アイツ、まさかテンコの所に?」
シンヤ「テンコっ!」
サエキ「やっぱり来たね、信也君。」
テンコ「シンヤ……」
シンヤ「アンタやっぱりテンコをっ!」
サエキ「疑うのはよしてくれっていったじゃないか。」
シンヤ「じゃあなんでここに来てるんだよ!」
サエキ「だからお仕事だって、お祓い。」
シンヤ「いい加減にしろっ!」
サエキ「いい加減にするのは君の方だよ。」
テンコ「待て、待ってくれ。」
シンヤ「だからアンタなに言って……」
サエキ「だから、君はそろそろ成仏するべきだって、そう言ってるんだよ僕は。」
シンヤ「……は?」
テンコ「……っ!」
シンヤ「な…にを……言ってるんだ?」
サエキ「ねぇ、信也君。君はなんでこの町に戻ってきたんだい?」
シンヤ「それは…オヤジが……オヤジが帰るって…」
サエキ「そうだね。じゃあ君のお父さんはなんで帰ることにしたのかな?」
シンヤ「それは、仕事の……違う…家族を……事故で無くして…それで……」
サエキ「亡くした家族って言うのは?」
シンヤ「それは……」
テンコ「よせっ!」
ソウジ(わ、私が悪かったんだ。全部、全部私が。私のせいで信也は……)
シンヤ「……俺…?」
サエキ「正解だよ。」
シンヤ「テンコは、知ってたのか……俺が……」
テンコ「……そうじゃな、知っておった。」
シンヤ「なんでっ!」
サエキ「落ち着きなよ。それは彼女の優しさだろ?あまりにも君が、自分の死に気づいてなかったんだから、合わせてくれたんだろ?」
シンヤ「……」
サエキ「僕としてはさ、君がここに捕らわれたままで地縛霊になってしまうのはしのびないんだ。だから」
テンコ「サエキ。」
サエキ「なんです?」
テンコ「少し時間をくれ。」
サエキ「もうそんなに時間は残ってないですよ、貴女もわかっているでしょう?」
テンコ「わかっておる。儂が、きちんと終わらせる。」
サエキ「……わかりました、お任せしますよ。」
テンコ「シンヤ……」
シンヤ「テンコ、俺は…」
テンコ「ああ、もう死んでしまっておる。」
シンヤ「俺は、お前に会いたくて…」
テンコ「そうじゃな。お主は儂に会いに来てくれた。死して尚、儂のことを思ってくれた。儂はそれが嬉しかったんじゃ。だから、言い出せなかった…すまぬ。」
シンヤ「謝らないでくれよ、そうじゃなくて、俺は」
テンコ「死者は生前の想いに囚われる。お主は儂に会いたいと、儂と共に在りたいと強く願っておった。それ故にこの場所に戻って来て、そして囚われた。」
シンヤ「俺は、お前に…」
テンコ「このままではお主は地縛霊となり、永遠にこの場所に囚われ続けるだろう。」
シンヤ「それでもいい!ずっとずっと一緒に居たい!だって俺はお前が」
テンコ「儂はお前を好いておったよ、信也。」
シンヤ「っ!」
テンコ「儂はずっとこの場所でひとりぼっちだった。遠い昔に祀られ崇められそして時代と共に忘れ去られ、後はただ神社と共に朽ちて行くのみだった。だが、お主が来た。」
テンコ「初めてお主に会ったあの時、儂が待って居ったのはな?死じゃよ。運命を受け入れ時代と共に消え去るその瞬間を待って居った。だがどこぞの若造が、生かしてくれた。儂をひとりぼっちにしないでくれた。お主の想いが、儂を今日まで生かしてくれたのじゃ。」
テンコ「だからな…儂はお主をここに縛り付けることなど、できはせん。」
シンヤ「テンコ……」
テンコ「感謝を。儂をひとりぼっちにしないでくれた。儂にぬくもりを思い出させてくれた。儂を今日まで生かしてくれた。そんなお主に感謝を。」
シンヤ「お礼を言うのは…こっちだろ。俺と出会ってくれてありがとう。俺を好きでいてくれてありがとう。最後に、最後にもう一度俺と会ってくれて、ありがとう。」
SE:近づいて来る足音
サエキ「終りましたか。」
テンコ「すまんな、待たせた。」
サエキ「いえいえ、無事彼を成仏させることが出来ました。あなたのおかげです。」
テンコ「儂はなにもしておらん、お主がおらんかったらあやつをここに縛り付けてしまう所じゃった。」
サエキ「僕はただ自分の仕事をしただけですので。」
テンコ「そうか…さて。」
サエキ「もうよろしいのですか?」
テンコ「最後の信奉者も行ってしもうた。もう儂がここに留まる理由はない。」
サエキ「わかりました。それでは、あちらに御送りいたします。」
テンコ「世話になる。」
サエキ「これも仕事のウチですので、それでは良い旅を。」
SE:拍手
サエキ「……ふぅ。これにて一件落着ってことで。さて、次はどこに撮影いこうかなぁ」