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初夏、都落ち

登場人物:4人(男:2人 女:1 不問:1)

・茂雄:男性

・三島:不問

・岩男:男性

・光江:女性

SE:バスの出発する音

茂雄「これは……予想以上の田舎だ…」

SE:近づいてくる足音

三島「もしかして高田さん、ですか?」
茂雄「確かに僕は高田ですけど…」
三島「ああやっぱり!よかった、すれ違いにならなくて。」
茂雄「えーと…」
三島「ああ、すみません、私鈴谷町役場に勤めております三島と申します。」
茂雄「あなたが。」
三島「ええ。高田さんの移住のお手伝いをさせていただきました。」
茂雄「この度はお世話になりまして…」
三島「いえいえそんなそんな。こちらこそこんな田舎に越してきてもらってありがたい限りです。」
茂雄「それで、どうしてこちらに?」
三島「いくつか渡しておきたい書類があったのと、あとはここでの生活についての助言を、と思いまして。」
茂雄「わざわざ来ていただかなくても足を運びましたのに…」
三島「ははは、仕事のサボリついでみたいなものですよ、お気になさらず。」
茂雄「はぁ。」
三島「せっかくだしお家までお送りしましょう、乗ってください。」
茂雄「公用車に乗せてもらってもいいんですか?」
三島「大丈夫ですよ。今朝もシゲさん、あー近所の方を乗せたばっかりですし、事故とかしなければ、ね。」
茂雄「じゃあお言葉に甘えさせてもらいます。」

SE:車のドアを閉める音

三島「お家は…二宮橋の方でしたね。」
茂雄「はい、地図で見た限りでは近くにそんな名前の橋がありました。」
三島「ついでですし、色々ご案内いたしましょうか?お買い物とか病院とか、知っておいた方がいいですよね?」
茂雄「それは助かりますが、お時間は大丈夫ですか?」
三島「さっきも言いましたけどサボリついでですよ、デスクワークってのがどうにも苦手でして。」
茂雄「それじゃあお願いします。」
三島「ええ、それでは最初は食料品とかを取り扱っているお店から回っていきましょう。」

SE:車の発進する音


茂雄「あれが診療所ですか。」
三島「思ったよりも小さいでしょう?」
茂雄「ああ…いえ、そんな。」
三島「あそこで手に負えないとなるとすぐ救急車かヘリで街の大きな病院まで行くのであれくらいなんですよ。」
茂雄「ヘリが飛ぶんですか?」
三島「近くの廃校の運動場に降りられるようにしてるんですよ。町の人はお年寄りばかりだし、こんな山奥から救急車走らせてたら間に合わないって時には飛ばすんです。」
茂雄「へぇ。」
三島「田舎は田舎なりになるべく便利なように進化してるんですよ。」
茂雄「勉強になります。」
三島「といっても都会の便利さにはかなわないんですけどね。でも、それでもこの町に残りたいっていう人たちのために色々頑張ってるという感じです。」
茂雄「そういえば鈴谷町は人口どれくらいなんです?」
三島「今は大体三千人くらいです。8割くらいはお年寄り、60代より上の方ですね。」
茂雄「そんなに…」
三島「高田さんが引っ越すあたりの集落は特に少なくて、10件くらいしか家がありません。」
茂雄「いわゆる限界集落というやつですか?」
三島「それ以上、というとあれですが…そんな感じです。」
茂雄「一気に心配になってきました。」
三島「大丈夫ですよ、皆さんお優しい方ばっかりですし、若い人が来ると喜んでくれます。」
茂雄「だといいのですが…」
三島「それじゃあそろそろ行きましょうか、お家の方へ。」
茂雄「ええ、お願いします。」


SE:車の扉を閉める音

光江「あら、三島さんじゃないの、どしたん、こんな山の方まで。」
三島「光江さん、こんにちは。ほら、前言ってたでしょ?引っ越してくる人おるって。」
光江「ああ、もう来たんかね。」
三島「高田さん、こちらお隣に住んでる西島光江さん。」
茂雄「初めまして、今日引っ越してきた高田です。」
光江「隣ゆーても離れとるけどねぇ、なんかあったらウチにきんしゃい。」
茂雄「ありがとうございます。」
三島「岩男さんは?また釣り行っとるん?」
光江「そうそう、川開いたら毎日よ。」
茂雄「川が開く?」
光江「川はねぇ、魚釣ったらいかん時期があるんよ、それがかまんようになったら開いたって言うんよ。」
茂雄「なるほど、今は釣って良い時期なんですね。」
光江「そうそう、ああごめんねぇ、片付けとかもあるやろうに話し込んで。」
茂雄「いえいえ、また色々教えてください。」
光江「また今度ね。」

 

 


三島「それではこれが家の鍵と、その他書類になります。」
茂雄「なにからなにまでありがとうございます。」
三島「またなにかありましたら役場までご連絡ください、もしくは先ほどの光江さんに頼るのもいいかもしれませんね。」
茂雄「そうですね。」
三島「まぁ慌てずに、ちょっとずつ慣れていきましょう。」
茂雄「はい。」
三島「それでは、失礼します。」

SE:家の扉が閉まる音

茂雄「どっと疲れた、電車とバス長かったし…」
茂雄(初めての人と話すのは緊張するしな。)
茂雄「さて、ガスは…ちゃんと通ってるな。晩御飯…の前に風呂入るか。」

 

 


光江「おはようさん。」
茂雄「おはようございます、お仕事ですか?」
光江「お仕事なんてそんな大したものじゃないんよ、自分ちの前でちょっと畑作っちゅうくらいで。」
茂雄「へぇ、何を作られてるんです?」
光江「兄ちゃん興味ある?ちょっと見てみるかい?」
茂雄「ぜひ。」
光江「ほんならこっち来て…靴はこれに履き替えてな。」
茂雄「お借りしていいんですか?」
光江「うちのは今おらんけん、ええよ。ほんでこれ。」
茂雄「麦わら帽子?」
光江「もう7月なのに帽子も被らんと外出たらいかんよ?すんぐ倒れるで。」
茂雄「ありがとうございます、自分用のやつ買わないとなぁ。」
光江「それがいいわ、それじゃあ被ったらついてきてな。」
茂雄「はい…畑では何を育ててるんですか?」
光江「色々よ、色々。この時期やったらトマトとかトウモロコシが採れるんよ。」
茂雄「へぇ。」
光江「ほんなら足元気を付けてな、こっちこっち。」
茂雄「うわぁ、背高いですね。」
光江「ほったらかしやきねぇ、ほんまやったら高くならんように作るんよ。」
茂雄「そんなことができるんですね……あ、トマト、大きい…」
光江「赤い奴はもう採ってもいい奴、緑のはもうちょっと置いとこうね。ほれ、採ってみ?」
茂雄「手で採るんですか?」
光江「そうそう、こうやってもいでね。」
茂雄「よっ…と。」
光江「お上手やね、ほんならここらへんの任せるわ。」
茂雄「はい…あ、ここにも……」

 

 


茂雄(それにしても、暑いな、まだ6月なのに。光江さんに帽子借りといて良かった。)
茂雄「ここにも隠れてた、よっと。」
茂雄(無心で野菜を収穫するの、いいな。こんなにのんびりとした仕事あるんだ。)
茂雄(ここは都会と時間の進み方が違うんだ、時計なんて誰も気にしない。)
??(おい!とろとろするな!)
??(お前は本当に仕事できないな。)
茂雄(暑い、今度はタオル持ってこなきゃ。)
??(やめちまえ!お前が辞めても誰も困らねーよ!)
茂雄(あれ?今俺、どこにいるんだっけ?)
光江「…君!高田君!大丈夫?」
茂雄「……光江、さん?」
光江「大丈夫?声聴こえる?」
茂雄「はい…大丈夫、です。」
光江「あそこの陰で休み、ほら。」
茂雄「すみません…そうさせてもらいます。」

SE:ゆっくり歩く音
SE:座る音

茂雄(熱中症一歩手前、か…舐めてたな。)
茂雄「……暑……」
岩男「大丈夫か?兄ちゃん。」
茂雄「あ…はい。」
岩男「これ飲んどき。」
茂雄「ありがとう、ございます。」

SE:飲み物を飲む音

岩男「すまんな。」
茂雄「はい?」
岩男「あいつはしゃいじょってな、都会から若い子が来た、って。」
茂雄「あ、光江さんの?」
岩男「家でわいわいはじゃいとった、悪う思わんとってくれ。」
茂雄「そんな、貴重な経験させていただいて、感謝こそすれ悪くなんて……」
岩男「ほうか、まぁゆっくり休んどけ。」
茂雄「はい。」

 

 


茂雄「いてててて、腰、腰がやばい。知らぬ間に蓄積ダメージが腰に……」
光江「大丈夫?ほれ、これ持っていき。」
茂雄「トマト、こんなに?」
光江「お礼よ、お礼。ようけ頑張ってくれたきね。」
茂雄「そんな、僕なんて全然……」
光江「えいきえいき、持ってってな。」
茂雄「はい、それじゃあ遠慮なく。」
光江「また気が向いたらいつでも来てえいきね?」
茂雄「はい、次は自分用の長靴持ってきます。」
光江「そりゃえいねぇ!」

 

 


SE:野菜を食べる音

茂雄「トマトうま…こんなに旨かったっけ?」

SE:チャイムの音

茂雄「こんな時間に誰だろ?はーい!今行きまーす。」

SE:ドアを開ける音

三島「こんばんは、高田さん。」
茂雄「こんばんは、どうしました?こんな時間に。」
三島「ええ、なにか困りごとなどはないかと思いまして、私一応高田さん担当なので。」
茂雄「お仕事の時間外でしょうにわざわざ…」
三島「いえいえ。それで、いかがですか?鈴谷町は。」
茂雄「まだ全然知れてないっていうのが本音です。」
三島「でしょうねぇ、まだ三日くらいですし。」
茂雄「でも、そうですね。のんびりできていいですね、ここは。」
三島「都会とは時間の流れが違いますからねぇ。」
茂雄「あ、それ僕も思いました。なんというかこう待ったりできるというか焦らなくていいというか。」
三島「満喫できているようで何よりです。」
茂雄「長く住むとまた違うんでしょうけど、今はすべてが新鮮で楽しいです。」
三島「それは良かった。ご近所付き合いなどはどうですか?」
茂雄「それは……」
光江「あら?三島さん、どうしゆう?」
三島「光江さん、こんばんは。私は高田さんの様子を見に来てました。」
光江「ほんなら丁度えいねぇ。」
茂雄「はい?」
光江「ほら、まだご飯食べてないろ?」
三島「おお、鮎じゃないですか?岩男さんが?」
光江「そうそう、高田君に持ってっちゃりって。」
茂雄「こんなに沢山……ありがとうございます。」
光江「ようけ食べて馬力付けろ、やって。」
茂雄「ははは……」
三島「いいですねぇ。高田さん、この町の鮎はおいしいですよ。」
茂雄「僕、鮎初めて食べます。」
光江「そりゃえいねぇ。ほんならこっちは三島さん、こっちは高田君が食べや。」
茂雄「ありがとうございます…あ、トマト、すっごくおいしかったです。」
光江「またいつでもきんしゃい、ほなな。」
三島「ありがとうございます。」

SE:遠ざかっていく足音

三島「ご近所付き合いも問題なさそうですね。」
茂雄「おかげさまで。」
三島「それでは幸運にもおいしい鮎をいただきましたし、私はこれで失礼します。」
茂雄「はい、わざわざありがとうございました。」
三島「それじゃあまた。」
茂雄「はい、また。」

SE:鈴虫の音フェードアウト

 


 

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