90回目の食事
登場人物:4人(男:3人 女:0 不問:1)
・青山:男性
・道長:男性
・大車:男性
・仮面:不問(兼役可)
SE:水の落ちる音
青山「……ん?……ここは?」
道長「目ぇ覚めたか?兄ちゃん。」
青山「え…あれ?……あなたは?」
道長「ワシは道長っちゅうもんじゃ。」
青山「道長さん……」
道長「兄ちゃん、なんで自分がここにおるかわかるか?」
青山「ここ……ここ、牢屋ですか?」
道長「そうじゃ、その様子じゃなんでここにおるんかわからんようじゃな。」
青山「な、なんで僕が牢屋なんかに入れられてるんですか!」
道長「だからわからんって、ワシも気づいたらここにおったけぇのぉ。兄ちゃんが来たのは昨日じゃ。」
青山「昨日?」
道長「多分のぅ、ここにゃあ決まった時間に飯が出されるんじゃが、三回前の飯の時に放り込まれたから、多分昨日じゃ。」
青山「なる、ほど。」
道長「そろそろ飯の時間じゃな。」
SE:足音
仮面「食事の時間だ。」
青山「すみません、なぜ僕はここに入れられてるんですか?」
仮面「30分後にまた来る、その時までに食べておけ。」
青山「すみません!」
道長「無駄やで、兄ちゃん。そいつら決まったこと以外しゃべらん。」
青山「なんで僕がこんな目にあってるんですか!ねぇ!」
SE:遠ざかっていく足音
道長「言ったじゃろ?無駄やって。」
青山「なんで…僕が……」
道長「さぁな、ほら、兄ちゃんの分じゃ。」
青山「いりませんよ、そんなもの。」
道長「毒なんて入っとらんぞ。」
青山「よくそんなもの食べられますね。」
道長「食うもん食っとかんといざというとき動けんからな。」
青山「いざという時?」
道長「まぁ逃げるチャンスはあるってことじゃ。」
青山「……聞かせてください。」
道長「まぁ時間はアホほどあるけん、飯食ったら色々話しちゃる。」
青山「なんか知らない野菜ばっかりでしたね、ご飯。」
道長「ああ、ワシもなにかは知らんが腹は膨れるけぇ、それでええ。」
青山「それでその…逃げるチャンスの話なんですが。」
道長「おう、そうじゃったな…おい」
SE:壁を叩く音
青山「なにを?」
道長「ちょっと待ちぃ、おい大車。」
大車「ああ…道長さんですか。」
道長「ああ、こっちに新入りが入ってきたけぇ、色々教えちゃれ。」
大車「また来たんですね、新しい人が。」
青山「あの…?」
道長「捕まっとるんはワシらだけじゃないってことや、この壁の向こうにも、その向こうにもおる。」
大車「私は大車といいます、ここに来て食事81回。1日に3回だとすると27日ここに居ることになります。」
青山「そんなに……」
道長「ちなみにワシは60回、20日くらいやな。」
青山「一体なんで僕たちはここに閉じ込められているんですか?」
大車「わかりません。その部屋に前にいた人も、私と一緒にいた人も、反対側の部屋の人も、捕まっている理由がわからないんですよ。」
青山「前にいた人?僕以前にもここに捕まってた人がいるんですか?」
道長「ああ、そいつは丁度兄ちゃんと入れ違いでここを出て行ったわ。」
青山「出られるんですか!?」
道長「といっても自分の意志じゃねぇがな。あの仮面のやつらに連れらてくんじゃ。」
青山「そう…ですか。」
大車「私はここに来て、食事の数をカウントしました。それくらいしか、時間の経過を調べるものがありませんでしたから。」
青山「それに何の意味が?」
大車「ここに捕まった人は90回、食事をとると連れていかれる。」
道長「大体一か月ってトコだ、それになんの意味があるかわかりゃしねぇが…」
青山「90回目の食事の時に、チャンスが来るってことですね?」
道長「おう、だからいざという時のためにちゃんと飯くっとかねぇといかねぇんだ。」
大車「私はあと9回、3日後にここから連れていかれると思います。それまでにここでのことをできるだけあなた方に伝えます。」
青山「何故です?」
大車「もし私が逃げるのに失敗しても、あなた方なら逃げられるかもしれない。少しでも助けを呼ぶ可能性を上げたいんですよ。」
青山「なるほど……わかりました。」
青山(それから、大車さんは僕と道長さんにいろんなことを教えてくれた。出される食事の正体は誰にも分らなかったこと、数日に一回食事に肉が出されること、連れ出された人は誰も戻ってこなかったこと、誰かが居なくなると代わりに誰かが入れられること。)
青山(そして、大車さん自身のこともいくつか教えてもらった。家にはお嫁さんとお子さんが待っていること、帰宅中に気づいたらここに居たこと、住んでた場所や勤め先など、そして外に出たら一緒に飲む約束をした。)
SE:足音
仮面「食事の時間だ。」
青山「どうも。」
仮面「30分後にまた来る、その時までに食べておけ。」
道長「ご苦労なこって。」
SE:遠ざかっていく足音
青山「これが大車さんの90回目の食事か。」
道長「うまくいきゃあいいんだがな。」
青山「そうですね、うまくいって助けを呼んでくれるのが一番です。家族にも早く会えるといいなぁ。」
道長「…兄ちゃんは家族とかいねぇのか?」
青山「僕ですか?今は一人暮らしです、だから捜索願とかも多分出てないんですよね。」
道長「そうか。」
青山「道長さんは…その、ご家族とか。」
道長「ワシみたいな社会不適合者にそんな上等なもんおらんよ。」
青山「そうなんですか。」
道長「……ただ息子みたいなもんはおった。」
青山「へぇ。」
道長「どこぞの商売女との間にできた子じゃったがな、丁度兄ちゃんと一緒くらいじゃった。」
青山「お元気にされてるんですか?」
道長「どうじゃろうな、高校出るくらいまでは世話してやったがそっからは知らん。」
青山「じゃあ、ここから出られたら会いに行きましょうよ!」
道長「なんでじゃ?」
青山「なんかそういう目標があった方がいいじゃないですか、気合が入るっていうか。」
道長「なんじゃそりゃあ。」
青山「その時は僕も一緒に行きますよ。」
道長「……ほうじゃな、それもいいかもしれんな。」
青山「はい。」
SE:足音
仮面「出ろ。」
青山(これって…)
道長(ああ、大車を連れに来たんじゃろう。)
SE:複数の足音
青山「大車さんっ!」
大車「っ……お先に失礼しますね、お二人とも。」
道長「達者でな。」
仮面「早く歩け。」
青山(僕は大車さんの姿を目に焼き付けた。絶対に忘れないように、再会したときにその名前を呼べるように。)
青山「行っちゃいましたね……」
道長「ほうやな、さてワシの番が来るのが早いか、あいつが助けを呼ぶのが早いか…」
青山「助けの方が早いといいですね。」
道長「うまく行きゃあええんやけどな。」
SE:足音
仮面「食事の時間だ。」
青山「どうも。」
仮面「30分後にまた来る、その時までに食べておけ。」
SE:離れていく足音
青山「これが、大車さんが言ってた肉…」
道長「なんの肉かはわからんけどな、まぁ力つけるんにはちょうどえいじゃろ。」
青山「……あの、道長さん。」
道長「なんじゃ?」
青山「僕の分も食べてくれませんか?」
道長「毒なんかはいっちょりゃせんって、それともなんじゃ?ベジタリアンってやつか?」
青山「いえ、そういうわけではなくですね、ここから出るにあたって僕よりも道長さんの方が頼りになるっていうかあてになるっていうかですね、つまり僕の分も食べて力いっぱいつけてくださいってことです。」
道長「確かに兄ちゃんはちょっと筋肉たらんけんのう。」
青山「笑わないでくださいよ。」
道長「わかった、兄ちゃんの分ももらうで。」
青山「はい、よろしくお願いします。」
道長「受けた恩はきっちり返すけん、まかせとけぇ。」
青山「助け、来ませんね。」
道長「そうやな、大車が出て行って5日、来るんやったらもうそろそろやろうけど来てないっちゅうことは……」
青山「大車さんは失敗した……ってことですか。」
道長「多分な、こりゃワシも気合入れんといかんなぁ。」
青山「そのことなんですが、僕に一つ考えがあります。」
道長「ほぅ、聞かせてみぃ。」
SE:足音
仮面「食事の時間だ。」
青山「はい。」
仮面「30分後にまた来る、その時までに食べておけ。」
SE:離れていく足音
道長「さて、これでワシも90回目じゃ。」
青山「今日、道長さんは…」
道長「あぁ、やっと出られるってわけじゃな。」
青山「ちょっと怖いですね。」
道長「大丈夫じゃ、ワシに任しとけ。」
青山「はい、頼りにしてますよ。」
SE:足音
仮面「そっちの男、出ろ。」
道長「ワシか?」
仮面「早くしろ。」
道長「しゃーないのぉ。」
青山「うわぁぁぁぁぁぁ!」
仮面「っ!」
道長「よそ見すんなやワレェ!」
SE:殴る音
仮面「このっ!」
道長「タイマンでワシが負けるか!」
SE:殴る音
青山「はぁ…はぁ…」
道長「よう頑張ったな、兄ちゃん。」
青山「道長さん…強いっすね…」
道長「なめたらアカンで?それにしても兄ちゃんのいうとった通りやな。」
青山「えぇ、あいつらは人を連れて行くとき二人で来る、だから僕も協力すれば、」
道長「難なくいわせられるっちゅうわけやな。よっしゃ、とっととここ出るで。」
青山「ちょっと待っててください。」
道長「なんや?あんまり時間無いで?」
青山「保険ってやつですよ。」
道長「なんか妙な歌が聴こえんか?」
青山「歌ですか?僕は聴こえませんが。」
道長「ほうか、それにしても兄ちゃんなにしとったんじゃ。」
青山「ほかの人の牢屋の鍵を開けてました。」
道長「そんなんせんでもワシらが逃げたら助け呼べるじゃろ。」
青山「言い方は悪いですが囮みたいなもんですよ。」
道長「囮?」
青山「逃げ出した数が多い方が相手方も混乱するでしょうし、全部にまで手が回らないんじゃないかなって。」
道長「なるほどのぅ、見かけによらず悪じゃのう兄ちゃん。」
青山「お互い様ですよ、状況的にこっちが囮になるかもしれないんですから。」
道長「そりゃそうか……なんじゃここは?」
青山「なんなんでしょう……祭壇?」
道長「なるほどなぁ、宗教か。」
青山「なるほどって?」
道長「今の日本で誘拐監禁なんてアホやるなんてどこのやからじゃと思うとったんじゃが、宗教家なら納得じゃと思うてな。」
青山「確かに日本でこんな目に合うなんて思ってもみませんでした。」
道長「ん?なんじゃこりゃ。」
青山「本…ですかね、すごいボロボロだ。」
道長「日本語じゃねぇなこりゃ、さっぱりだ。」
SE:本をめくる音
青山「英語……ですかね。」
道長「兄ちゃん読めるのか?」
青山「英文学部だったんですよ、大学。」
道長「ほう、そりゃすげぇ。じゃが読んどる暇はねぇな、もってけ。」
青山「え、いいんですか?」
道長「警察なりに駆け込むときに証拠になるかもしれねぇからな。」
青山「そうですね、では失礼して。」
青山(さっきちらっと読めた内容、肉体の昇華とその引継ぎ?まったく意味が分からなかったけど、なんか不気味だな。)
道長「クソッ歌がうるせぇ、やつら近くまできてやがる。」
青山「歌?そんなの全然聴こえませんよ?」
道長「あん?兄ちゃん耳悪いのか?こんなにはっきり聴こえてきとるやろが?」
青山「いえ…耳が悪いことはなかったはずですが……やっぱり全然聴こえませんね。」
道長「まぁええ、とりあえずそこに隠れるぞ。」
青山「ここは……調理場ですかね?」
道長「なんじゃこりゃあ?動物でもさばいとるんか?」
青山「え?」
道長「あっち見ぃ、ありゃあ血じゃ。」
青山「血!?」
道長「古いんから新しいんまで、大分ここでさばいとるのぉ。」
青山「こっちはなんだろ?」
道長「こりゃあ……服…か?」
青山「みたいです…ね。」
道長「冗談じゃねぇ?これじゃあここで……」
青山「ヒト…を、解体してた…?」
道長「イカれとる!いくらなんでもそりゃあイカれすぎじゃ!」
青山「……道長…さん。」
道長「なんじゃ?」
青山「この服…見覚えがありませんか?」
道長「スーツ?そんなもん……おい、まさか」
青山「多分……あの日大車さんが、着てたやつです。」
道長「おいおいおい!それじゃあなにか?ワシらはここでばらされるために連れてこられたっちゅうんか?」
青山「わかりませんよ!こんなの異常すぎる!」
仮面「いたぞ!脱走者だ!」
道長「クソっ!どかんかい!」
仮面「ぐあっ!」
道長「兄ちゃん!今は飲み込んどけ!逃げるんじゃ!」
青山「は、はい!」
SE:走って遠ざかる音
道長「はぁっ…はぁっ……なんとか巻いたようじゃな。」
青山「はぁっ…はぁっ…」
道長「大丈夫か、兄ちゃん。」
青山「なんとかっ…はぁっ……」
道長「チクショウ、あいつらしつけぇんじゃ、また歌が聴こえてきやがる。」
青山「道…長さん…その手……」
道長「なんじゃあ?っなんじゃいこれ!」
青山「どうなってるんですかそれ!」
道長「わかるかい!ワシの手がばけもんになっとる!」
青山「い、痛くないんですか?」
道長「痛くはないんじゃが、違和感がすごいことになっとる。」
青山「反対側もヤバイですよ!」
道長「どうなってるんじゃ、ワシの体!」
青山「……肉体の…昇華?」
道長「なんじゃって?」
青山「書いてあったんですよ、これに。」
道長「さっきの本か、他になんかかいちょりゃせんか?」
青山「ちょっと待ってくださいよ、今ちょっと詳しく読んでみますから。」
道長「早う、早う読め!」
青山「急かさないでくださいって!えーっと……」
道長「治るんか?コレ?」
青山「……肉…」
道長「なんじゃって?」
青山「ここに書かれているのは、人間を別の何かにする方法です。」
道長「それで?」
青山「ナニかの肉を摂取した人間はソレと同じになる……」
道長「ナニかってなんじゃ?」
青山「わかりません、英語じゃないんですよ、そこ。」
道長「つまりワシはなんかヤバイもん食ったからこうなっとるんか?」
青山「そうですね…それで……うっ……」
道長「なんじゃ?なんて書いてあるんじゃ?」
青山「そのナニかになった肉をまた人間に食べさせる、そうすることによってどんどんそのナニかに近づけていく…って」
道長「どういうことじゃ?」
青山「食事で出されてた肉…多分あれは…そのナニかにされた人間の肉、だと思います。」
道長「冗談やめろや、そんな馬鹿げたこと…」
青山「今、歌は聴こえてますか?」
道長「あ、ああ。今も聴こえちょる。」
青山「それが、前兆なんだそうです、人じゃなくなる。」
道長「……ほぅか。」
青山「……あの、」
道長「兄ちゃんは、聴こえてないんやな?」
青山「…はい、多分僕はあの肉を食べなかったから…」
道長「わかった。」
青山「ちょっ!ちょっと道長さん!どこ行くんですか!」
道長「今からワシが出て行って大暴れする。」
青山「…え?」
道長「兄ちゃんはその間に逃げろ。」
青山「そんな!道長さんを置いていけませんよ!」
道長「見ろや、ワシの手。もうバケモンじゃ。」
青山「それはっ…そう、ですが……」
道長「兄ちゃんはまだ大丈夫じゃ。じゃから、早う逃げぇ。」
青山「僕のせいで…僕が自分の分を…」
道長「わしゃぁどうせ自分の分もくっとったわ!兄ちゃんは関係ないじゃろ。」
青山「でも自分だけ…」
道長「ええから早う行け!このまま二人とも捕まったら馬鹿じゃろが!あいつらに一泡くらいふかせちゃれ!」
青山「…わかり、ました。」
道長「ああ、そうじゃ。」
青山「なんですか?」
道長「ワシの背広のポケットあさってくれ。」
青山「これは…名刺?」
道長「前に話したじゃろ?そこで働いとる女がそうじゃ。」
青山「道長さんの、お子さんの…」
道長「すまんがうまい事話ちょってくれや、もう行けんなったってな。」
青山「道長さっ」
SE:走り去る音
青山「絶対!絶対助けに帰ってきますから!待っててください!」
青山(それから僕は走った。走って走って走って、気が付いたら人が住んでいるところまでたどり着いていた。)
青山(すぐさま警察に駆け込んで、事情を話して、僕たちが監禁されていたところまで戻った。)
青山(でも、そこにはなにもなかった。僕が逃げ出してきた入り口も、建物も、調理場も、祭壇も、牢屋も。)
青山(まるで元から何もなかったかのように、そこにはただ森が広がっていた。)
青山(結局警察に調べてもらったけどなにかが見つかることはなかった。)
青山(僕は、悪い夢でも見ていたのだろうか。)