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​罪喰いEpisodeⅢ
 

登場人物:4人(男:2人 女:1人 不問:1)

・シン  …男性

・ダフネ …女性

・クラーケン(表記クラン)…男性

・メノエ …不問

BGM:港

 


ダフネ「久しぶりの陸だ〜!うんうん、これぞ地に足着いてるって感じ。」
シン  「そうか……?まだ揺れて……うぷっ」
ダフネ「シンって船ダメだったんだね。まさか航海中ずっとグロッキーなままとは思わなかったよ。」
シン  「最初はそうでもなかった。お前は……ずっと元気だったな。」
ダフネ「お前じゃなくてダフネ!って、ほんとに大丈夫?あたしじゃシンのこと運べないんだから頑張って歩いてよ。」
シン  「放っておけ……船旅は終わった。もう一緒にいる義理もないだろ。」
ダフネ「それはそうだけどさ。さすがにこのまま置いていったらあたしが酷いヤツみたいじゃん。近くの宿までは送るよ。もしくは病院とか……」
クラン「おや、病院をお探しですかな?」
ダフネ「うわぁ!だ、誰?」
クラン「どうもこれは、驚かせてしまってすみません。体調が芳しくないように見受けられたので。」
シン  「あんた、医者か?」
クラン「はい、申し遅れましたな。私はこの街で開業医をしているクラーケン。ご迷惑でなければ、迷える子羊を我が医院へとご案内いたしましょう。」
シン  「いや、そこまでじゃない。少し休めば……」

 


SE:ドサッ

 


ダフネ「シン!」
クラン「これは……ふむ、発熱している。どうやら風邪のようですな。慣れない船旅で無茶したのでしょう。」
ダフネ「シン大丈夫なの?死なない?」
クラン「解熱剤を投与した方がよいでしょうな。当院まで運びます。お手伝い頂けますかな?お連れの方。」
ダフネ「もちろん、このままお別れしたんじゃ夢見が悪いからね。」

 


シン  「……ん、ここは。」
ダフネ「シン!よかった~お金にならない仕事が増えるところだったよ。」
シン  「勝手に殺すな。」
ダフネ「なはは、元気そうでなにより。あたし先生呼んでくるね。」

 


SE:足音遠ざかる

 


フェードイン:遠くで子供の声とか鳥の鳴き声とか

 


シン  「(広い庭。どこまで敷地なんだ。まさかあの壁か?)」
クラン「おはようございます。気分は如何ですかな?」
シン  「まあまあだ……クラーケンだったか。迷惑をかけたな。」
クラン「いえいえ、困った時はお互い様です。」
シン  「悪いが今は持ち合わせがない。金は後で……」
クラン「ああ、それなら心配はいりませんよ。彼女が立て替えて下さりましたから。」
シン  「彼女……ダフネのことか。なぜあいつがそんなことを。」
クラン「いいお仲間をお持ちですな。」
シン  「仲間じゃない。行き先が同じだっただけだ。」
クラン「いえいえ、それもまた一つの仲間の形ですよ。それにどのみち暫くはここを出られないのですから、彼女を頼るのが宜しいでしょうな。」
シン  「これぐらいなら動ける。いつまでも世話になる訳には」
クラン「いえ、そうでなく。出ることを許されていないのですよ貴方は。」
シン  「……は。」
クラン「この街では健常者だけが出歩くことを許されています。病に冒された者、生まれつき虚弱な者、不足がある者……そんな日陰の存在を受け入れているのがここ、エイデン医院です。」
シン  「治るまでは余所者だろうと容赦なく病院送りって訳か。」
クラン「この街の人々は昔、流行病で多くのものを失ったそうです。その教訓としてこのしきたりがあるのでしょうな。」
シン  「……あんたは健康なのか。」
クラン「ええ、勿論。医者が不養生では示しがつきませんから。」
シン  「そうか。」
クラン「まだ安静にしていた方が……どこに行かれるのですかな?」
シン  「敷地内を見て回る。心配は無用だ。」
クラン「しかし……」
ダフネ「ちょ、シン何してるの!寝てなきゃダメじゃん!」
シン  「……。」
クラン「大人しくしておいた方が良さそうですな。」
シン  「……そうだな。」
クラン「ふふ、私は往診に行ってきます。どうぞごゆるりとお過ごしください。」

 


SE:足音遠ざかる

 


ダフネ「……どこ行こうとしてたの。」
シン  「何の話だ。」
ダフネ「しらばっくれない。あたしが戻ってきた時、部屋から出ようとしてたでしょ。具合悪いのになんでかなって思って。」
シン  「この街のしきたりは面倒だ。早く次の街へ向かいたい。」
ダフネ「だからって抜け出さなくても。治ってからでいいじゃん。」
シン  「金がない。お前に借りを作るのも癪だ。」
ダフネ「借りって、治療費のこと?いいよ別に。おかげでタダで寝泊まりできてるし。仕事も紹介して貰えたし。」
シン  「仕事?」
ダフネ「病院のお手伝いだよ。これ以上は機密事項ね。そういう契約だから。」
シン  「そうか。なら遠慮なく休ませてもらう。」
ダフネ「うんうん、具合悪い時は焦ってもしょうがないからね。まったりするといいよ。」
シン  「ところで、この病院は全方位あのデカい壁に囲まれてるのか。出入口はどこに……」
ダフネ「抜け出す気満々じゃん!寝てなってば!」
シン  「……。」

 


クラン「……ああ、だめですか。もうもたないのですね。せめて安らかに……大丈夫。君の穢
    れは彼女が祓ってくれるのだから。」

 


メノエ「おはようございます。朝の巡回です!」
シン  「……誰だ。」
メノエ「こちらでお手伝いさせてもらってます。メノエです。と言っても、俺も収容されてる身なんですけどね。」
シン  「シンだ。それは朝食か?」
メノエ「はい。ダフネちゃんも一緒に作ってくれたんですよ。これとかダフネちゃん作です。どうぞ。」
シン  「これは、鶏卵か……?」
メノエ「スクランブルエッグですよ。ご存知ないんですか?」
シン  「俺のいた国には馴染みのない料理だな。」
メノエ「このあたりの人じゃないんですね。黒髪ですし。」
シン  「東洋から来た。お前はずっとここに居るのか。」
メノエ「そうですね、だいぶ長いです。生まれつき体が弱くて、薬がないと生きていけないんですよ。」
シン  「外に出たいとは思わないのか?」
メノエ「それは、出てみたいですけど……毎日生きるだけで精一杯ですよ!恩返しもしたいですし。」
シン  「恩返し。」
メノエ「感謝してるんです。クラーケン先生のおかげでこうやって普通の生活が送れているんですから。少しでも力にならないと。」
シン  「……。」
メノエ「あ、すみません長話しちゃって!冷めちゃいますよね。どうぞ食べてください。俺はこれで。」
シン  「そういうことは直接本人に言った方がいいんじゃないか。」
メノエ「え……?」
シン  「感謝してるんだろ。」
メノエ「……お二人って結構似てるんですね。」
シン  「何の話だ。」
メノエ「実は、この話をダフネちゃんにした時も、本人に直接伝えるべきだって言われたんです。だから、似てるなって。もしかして兄妹なんですか?」
シン  「馬鹿を言うな。赤の他人だ。」
メノエ「あはは、すみません。でも、ありがとうございます。俺、先生に伝えてきますね!どうぞゆっくり召し上がって下さい!」

 


SE:走り去る音

 


シン  「……苦い。」

 


メノエ「先生どこだろう。確かさっき南棟に向かって……あ、せんせ……行っちゃった。あの部屋、入っちゃダメって言われてるんだよなぁ……少しぐらいいっか。」

 


SE:扉開ける音

 


メノエ「失礼しま……?!な、なに。この部屋。寒っ。」
クラン「おや、メノエ。ここに入ってはいけないと教えたはずですよ。」
メノエ「ご、ごめんなさい。でも先生に用があって。声掛けたんですけど先生気づかなくて、それで。」
クラン「それは申し訳ないことを。場所を変えてからお話を聞かせてくださいますかな。」
メノエ「はい。あの……あれはなんですか?」
クラン「患者の遺体です。ここは遺体安置所ですから。」

 


SE:扉閉める音

 


ダフネ「……っは~!ヒヤヒヤしたぁ。バレてない……よね。こんなところ見られたらメノエに変な人だと思われちゃうよ。」
ダフネ「ごめんね、途中で止めちゃって。大丈夫だよ。ちゃんと送ってあげるから。」

 


(回想)

 


クラン「つかぬ事をお聞きしますが、貴女方はなぜ旅を?」
ダフネ「お仕事探し、かな。先生こそどうして船に?」
クラン「薬の調達のためです。こんな辺境では満足な材料も手に入らないのですよ。しかしお仕事探しとは、何か協力出来ることはありますかな?」
ダフネ「いいよそんな。泊めてもらえるだけで十分だよ。」
クラン「ふむ……ではこうしましょう。宿泊と治療の代金は頂きません。その代わり、当院の業務をお手伝いしていただきたい。」
ダフネ「免許とかないけどいいの?」
クラン「構いませんよ。ただ少し特殊な業務がありまして。」
ダフネ「特殊な業務?」
クラン「貴女は見たことがありますかな?人の遺体を処置する過程を。」

 


(回想終)

 


ダフネ「……これでよし、と。こんなに沢山の人が毎日死んじゃうなんて、病院って大変なんだなぁ。火葬できる所でよかったよ。あたしの力じゃ、身体は綺麗にしてあげられないからね。ふんっ……あれ、お、重……あ、無理!……せ、先生ぇ~!」

 


シン  「……迷った。」
シン  「(食器を片付けたいだけなんだが……厨房に着かない。まるで迷路だ。)」
シン  「人も居ないとは、どうなっているんだここは……っ!」
メノエ「っわ!……いてて。ご、ごめんなさい!って……シンくん。」
シン  「前を見て歩け。危ないだろ。」
メノエ「すみません。散歩中ですか?」
シン  「まあ、そんな所だ。」
メノエ「ご一緒してもいいですか?よかったら案内しますよ。」
シン  「必要な……いや、頼む。行きたい場所があるんだが。」
メノエ「俺でよければぜひ!どこですか?中庭でも広間でも……おっとと。」
シン  「おい、フラつくなら壁を使え。」
メノエ「あはは、すみません。最近ちょっと調子悪くて。薬が効きにくくなってるのかもしれないです。」
シン  「強い薬に変えてもらえばいいんじゃないか。」
メノエ「少し前に増やしたんですけど……なかなか難しいですね。あはは。それより、どこに行きたいんですか?」
シン  「……気が変わった。俺は寝る。お前も部屋で安静にしていろ。」
メノエ「え、ちょ、シンくんの部屋そっちじゃないですよ!シンくん?……気遣ってくれたのかな。優しい人だなぁ……でもなんでお皿持ってたんだろう?」

 


シン  「……あ。」
ダフネ「……あ。」
シン  「食べ終わったんだが、皿はどうしたらいい。」
ダフネ「あー。あたしが持っていくよ。体調は?どう?」
シン  「問題ない。身体がなまると厄介だからな。少し散歩してくる。」
ダフネ「敷地の外出ちゃダメだよ。まだ一応患者なんだから。」
シン  「……。」
ダフネ「あ、そうだ。先生見てない?探してるんだけど見つからなくてさ。」
シン  「さあな。ここには来ていない。」
ダフネ「そっかぁ。ありがとう。あんまり無理はしないでね!」
シン  「……ダフネ。」
ダフネ「ん?なに?」
シン  「鶏卵を焼く時は火加減に気をつけた方がいい……とメノエが言っていた。」
ダフネ「へ?……あ、そう。わかった。アドバイスありがと!」
シン  「(……微かに、あいつから腐乱臭がした。気のせいか?仕事の紹介……病院の手伝いと言っていたが。)」
シン  「……俺には関係ないな。」

 


クラン「……ああ、また1人、2人。どうか安らかに。神よ、何も出来ない私めをお赦しくだ
       さい。何者も救わない貴方を私は赦しますから。」

 


メノエ「おはようございま……すごいくまですね。眠れませんでしたか?」
ダフネ「ちょっとねぇ……なはは。(夜通し火葬してたなんて言えない~!)で、今日は何作るの?」
メノエ「はい。今日はパンと、チーズ、を……うぁ。」
ダフネ「わわ、大丈夫?メノエも寝れなかったの?」
メノエ「いえ、ちゃんと寝たはず、なんですけど……」
ダフネ「休んでていいよ。あたしが作るから。」
メノエ「でも……」
ダフネ「このあたりの食材適当に使うね。できたら呼ぶから運ぶの手伝ってくれる?」
メノエ「はい。ではお言葉に甘えて。」
メノエ「(……薬を飲んだはずなのに全然効いてない。やっぱりもっと強い薬じゃないとだめなんだ。このままだと俺は……)」
ダフネ「メノエ。メノエの分できたから先に食べて。」
メノエ「え、あ、ありがとうございます。いただきます……あの、ダフネちゃん。」
ダフネ「うん?なに?」
メノエ「俺、先生に用があって。食事持っていくので、帰りがけにシンくんのいる東棟にも配ってきます。ダフネちゃんには反対側の西棟をお願いしてもいいですか?」
ダフネ「うん、わかった。動けそう?」
メノエ「これ食べたら元気出ました。ありがとうございます。」
ダフネ「そっか。よかった!やっぱり火加減が大事なんだねぇ。」
メノエ「?」
ダフネ「なはは、こっちの話。はい、できたよ。じゃあ気をつけてね。」
メノエ「はい、行ってきます。」

 


SE:腹の音

 


シン  「……腹が減った。」
シン  「(今日は朝の巡回がないのか?……まあいい、自分で取りに行くか。)」
シン  「む。」
ダフネ「シン、おはよう~食べ終わった?ついでにお皿持っていくけど。」
シン  「いや、そもそも貰っていない。」
ダフネ「貰ってない?そんな訳ないよメノエが届けたんだから。もしかして足りなかった?」
シン  「茶化すな。あいつはここに来ていない。飯なら自分で取りに行くから厨房の場所を教えろ。」
ダフネ「メノエが持っていったから厨房にはもうないよ。」
シン  「……」
ダフネ「ってことはまだ先生のところにいるのかな。なんか先生のところに用があるって言ってたんだよね。だからご飯はその帰り際に届けるって。」
シン  「クラーケンはどこだ。あいつと一緒にどこにいる。」
ダフネ「たぶん先生の自室かな。案内するよ。」
シン  「ああ。」

 


SE:足音(繰り返し)

 


ダフネ「……。」
シン  「どうした。」
ダフネ「んー……メノエが体調悪そうだったからさ、ちょっと心配だなって。」
シン  「そういえば、最近薬の効きが悪くなってきていると言っていたな。」
ダフネ「そっか……じゃあ、診察で時間がかかってるのかな。命に関わることだもんね。」
シン  「……。」
ダフネ「どうしたの?」
シン  「昨日から気になっていたんだが、ここには俺以外に入院患者はいないのか。」
ダフネ「いるよ。食事は人数分作ってるし。なんで?」
シン  「廊下ですれ違った試しもなければ、生活音らしい音もしない。本当に人がいるのか疑いたくもなるだろ。」
ダフネ「みんな具合悪いからね。寝てばかりの人が多いんじゃないかな。」
シン  「……。」
ダフネ「あ、着いたよ。ワゴンも置いてあるしまだ中にいるんだね。一声かけて持って行っちゃおっか。」

 


SE:ノック音

 


シン  「失礼する。」
クラン「おや、お二方おはようございます。気持ちの良い朝ですな。」
シン  「メノエはどこだ。」
クラン「メノエ?こちらには居ませんが。」
ダフネ「え、そんなはずは」
シン  「そうか、邪魔したな。ところで朝食は済ませたのか。」
クラン「いいえ。朝はあまり食べられない性分でして。」
シン  「……食事を持ってきたんだが、余計なお世話だったな。」
ダフネ「シン……?」
クラン「これはどうも、お心遣いありがとうございます。そちらは皆さんで召し上がってください。食材を無駄にしては勿体ないですから。」

 


SE:ドア閉める音

 


ダフネ「どういうこと?ここにいなかったらメノエはどこに行ったの。ワゴン置いてそのままなんて……」
シン  「居るだろうな、部屋の中のどこかに。」
ダフネ「でも先生はここにいないって。なんで嘘なんかつくの。」
シン  「……さあな。」
ダフネ「シン!どこ行くの。」
シン  「部屋に戻る。」
ダフネ「……」

 


SE:ノック音

 


ダフネ「……あの、先生。」
クラン「おや、どうされましたかな?」
ダフネ「メノエのことなんだけど。」
クラン「残念ですが、先程も申し上げた通りここには居ないのですよ。」
ダフネ「そっか。メノエがね、最近薬の効きが悪くて、それを先生に相談したがってたんだ。だから、ここに来たら助けてあげてね。」
クラン「……そうしてあげたいのは山々なのですが、申し訳ありません。もうあの子に出せる薬はないのです。」
ダフネ「え、そんな……」
クラン「先天性の病ゆえ、あの子は生まれた時からずっと投薬を続けてきました。いくら薬を強くしようと、慣れるのは時間の問題……むしろ、ここまでもったのが奇跡のようなものですな。」
ダフネ「そうなんだ。」
クラン「ええ、ですから最期はどうか安らかに、苦しまずに逝ってくれたらと……」
ダフネ「……うん。せめて最期まで笑顔でいられたらいいね。」
クラン「はい。ですから、なんてこの子は幸運なんだと思いました。貴女がいるこのタイミングで、天へ旅立つことが出来たのですから。」
ダフネ「……え?」
クラン「丁度いい。このまま処置をしましょう。こちらにどうぞ、罪喰いのお方。メノエの遺体はこの奥です。」

 


SE:ドアを開ける音

 


シン  「……くそっ。」
シン  「(どの病室を開けても遺体、遺体、遺体。腐敗の具合からして、まだ死後一日も経っていないだろう。下手したら数時間前に……)」
シン  「どうりで静かな訳だ。死人に口は無いからな。」
シン  「(完全に嵌められた。今逃げ出して、濡れ衣を着せられたら面倒だ。大元を叩くしかない。)」
シン  「やってくれたな腐れ外道。」

 


ダフネ「……嘘、だよね。」
クラン「いいえ、これが現実です。」
ダフネ「だって、少し前まで一緒に料理してて」
クラン「死とは突然訪れるもの。皆等しく、いつかは必ず迎える終焉です。貴女もご存知でしょう?」
ダフネ「でも、こんないきなり……」
クラン「苦しんでいたのですよ。楽になりたい、助けてくれと彼は言っていました。だから救ったのです。苦痛のないように、眠らせてあげたのですよ。」
ダフネ「……なに、それ。先生が殺したの。」
クラン「語弊のある言い方ですな。これは安楽死、巷では尊厳死とも言いますが、決して殺人ではないのです。」
ダフネ「何言ってるの。そんなの殺したも同然じゃん。だって、メノエは頑張ってたんだよ。辛くても苦しくても、先生のお手伝いして、みんなに美味しいご飯作って……先生に恩返しするために必死に生きてたんだよ。」
クラン「それはそれは、なんと健気な……私はいい患者に恵まれましたな。」
ダフネ「ふざけないで!……ねえ、先生にとって人の命って何?」
クラン「尊いものですよ。大切で愛おしいからこそ、失った時の悲しみは計り知れないほど大きい……ですが、私は医者です。一年に何十人もの患者を見送らねばなりません。いいえ、たとえ生きているとしても、苦痛に歪む顔を、心の傷を隠して笑うその顔を毎日のように眺めなければならないのです。それがどれほど辛いことか、貴女には分かりますかな?」
ダフネ「……。」
クラン「さあ、彼を天へとお導き下さい。無力な私にはなし得ないことです。どうか力を貸してください。」
ダフネ「……ごめんね、メノエ。」
ダフネ「Our Father, Who art in Heaven, hallowed be Thy Name. Thy Kingdom come.
Thy Will be done, on earth, as it is in Heaven.  Forgive us our
trespasses as we forgive those who trespass against us; and lead us not
into temptation, but deliver us from evil. Amen.」
ダフネ「……終わったよ。後は火葬場に」
クラン「ああ、ああああ素晴らしい!貴女はなんて素敵なお仕事をされているのでしょう。弔いは心の救済。あの子も私もこの上なく幸運で幸福に違いありませんなぁ!」
シン  「冗談はそれぐらいにしておけ。不愉快だ。」
ダフネ「!シン……。」
クラン「おやおや戻ってこられたのですね。朝食は配り終えましたかな?」
シン  「毒を盛ったのはお前か、クラーケン。」
クラン「何の話ですかな?」
シン  「今更惚けるな。患者たちを殺したのはお前かと聞いている。」
ダフネ「!?」
クラン「先程からどうも貴女方は勘違いされているようですな。あれは殺したのではありません。彼らの"苦しみから解き放たれたい"という願いを、死をもって叶えて差し上げ」
シン  「もういい、十分だ。お前は警察に引き渡す。」
クラン「それは無理な相談ですな。私にはもう、ここを出るつもりはないのですから。」
シン  「どういう意味だ。」
クラン「そのままの意味です。ここはエイデン医院。病に冒された者、生まれつき虚弱な者、不足がある者……そんな日陰の存在を受け入れるための施設です。私は本来ここに来るべき人間ではありませんでした。しかし気づいたのです。いつの間にか私も壊れていたと。」
ダフネ「それって、さっきの……」
クラン「ええ、そうです。ここに来てから少しずつ、心を痛めることが増えました。命を愛するほど、それに比例して苦しみが膨れ上がっていくのです。しかし人の体というのは賢いもので、苦痛に耐えられるよう感覚を麻痺させてしまいました。そうしている内に壊れてしまったのですよ。……ここは健常者だけが出歩くことのできる街です。果たして私は、あの壁の向こうへ行くことを許されるのでしょうか。」
シン  「何が言いたい。」
クラン「ふふ、簡単なことです。少しだけ疲れてしまったのですよ……ですが、私は幸せ者です。愛した患者たちと共に、ここで朽ちることが出来るのですから!」
シン  「なっ……!」
ダフネ「先生、だめ───」
クラン「願わくば神のいない世界へとお導き下さい。罪喰いの方。」

 


SE:切る音、飛沫の舞う音

 


BGM:港

 


シン  「……ここにいたのか。」
ダフネ「シン。もうどこか行っちゃったかと思ってたよ。」
シン  「この後すぐに移動する。その前に……こいつを渡すように言われた。」
ダフネ「なにこれ。」
シン  「治療費だ。外傷がなくても、事件の被害者は貰えるらしい。小額だがないよりマシだろ。」
ダフネ「そっか、ありがと。」

 


SE:船の音

 


ダフネ「……ねえ、シンにとって人の命って何?」
シン  「何の話だ。」
ダフネ「先生は尊いものって言ってた。大切だからこそ、失った時の悲しみは大きいって。」
シン  「……。」
ダフネ「メノエを見た時、突然のことで凄くびっくりした。でも、不思議と悲しくはなかったんだ。それよりも先生への怒りの方が強かった。なんで殺したのって。そこで気づいたよ。あたしにとって命は、守られるべきものだけど愛せるものじゃないんだって」
シン  「いちいち悲しんでいたら疲れるだろ。 」
ダフネ「そうだね。いつか先生みたいに潰れちゃう。それは嫌だな。」
シン  「……俺は善人じゃない。生きていれば金を貰う。死んでいるなら弔う。それだけだ。そこに意味も感情も持たない。」
ダフネ「なはは、それぐらいのスタンスの方がいいのかもね。ありがと。少し気が紛れたよ」
シン  「そうか。」
ダフネ「次はどこに行くの?」
シン  「さあな。適当に歩いていればそのうち着くだろ。」
ダフネ「地図買えばいいのに。シンも治療費貰ったんでしょ?」
シン  「……。」
ダフネ「……え?」
シン  「……食費に使った。」
ダフネ「っなははははは嘘が下手だなぁ。ありがとね、シン。」
シン  「礼を言われる筋合いはない。俺の自己満足だ。」
ダフネ「はいはい。じゃあね、またいつか。」
シン  「ああ。」

 


SE:足音だんだん遠ざかる

 


BGM:フェードアウト

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