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​ノンファンタジー

登場人物:4人(男:2人 不問:2)

・矢春 …男性

・六雲 …不問

・神崎 …不問

・木野 …男性

矢春「また静物撮ってる。」
六雲「ハルくん、コンクール用の作品は撮影できた?」
矢春「いや、まだ。そういう先輩はどうなんすか。」
六雲「うーん、まだピンと来てないな。もう少し粘ってみるよ。」
矢春「あんたならどれ出したって入賞出来るでしょ。そんな摩訶不思議な能力使える人類、他に居ないんだから。」
六雲「純粋に写真として評価を貰いたいんだけどね……やっぱりテーマが弱いかな。」
矢春「どれ……全然よくないすか。ライティング綺麗だし色味もいい。何よりカーテンのなびき方が哀愁漂ってて何も無いテーブルを引き立ててます。もぬけの殻感出てますよ。」
六雲「なびき方かぁ……それなら写真じゃなくて動画でいいんだよね。なんかいい方法ないかな。」

矢春「なんで静物ばっか撮るんです?生き物撮りゃいいのに。」
六雲「……なんか気乗りしなくてね。そろそろ授業始まるし、今日はここまでにしよう。また明日サークルで。」
矢春「うっす。おつでした。」

 


神崎「見た?この間の展示。リクモが出展してたらしいよ。」
木野「誰それ。ミンスタグラマー?」
神崎「知らないの?写真サーの六雲陸だよ。参加したコンテストは最優秀賞総なめのバケモンみたいな先輩。大学の廊下にいくつか写真飾ってあるじゃん。」
木野「え、写真?あれ動いてなかったか?」
神崎「そ。オカルトじみてんだけどさ、あの人が撮る写真って全部……」
矢春「るせーぞ神崎、木野。いいからレジュメ回せ。」
木野「ハル。わりぃ、つい……お前写真サーだよな。六雲って人と知り合いなんだろ?さっきの話」
矢春「気になるなら直接本人に聞けよ。」
神崎「あっは。キノっちフラれてやんの。」
木野「つら……肉パしよ……」
矢春「リスカみたいなテンションで言うな鬱陶しい。肉パってなんだ?」
神崎「週末のBBQ。考えといてって言ったじゃん。」
矢春「BBQ……あー、あったなそんなの。俺はパスで。」
木野「なんだ、予定でもあるのか?」
矢春「まあな。」
木野「お?さては女だな?いや~ハルにもついに春が来たのか!矢春だけに!なーんてな!っはっはっは!……え、マジ?」
矢春「コイツ焼くか。どうせ脳みそまで筋肉詰まってんだろ。」
神崎「絶対美味しくないって。参加者減っちゃうし。」
木野「しれっと恐ろしいこと言うな!大した予定ないならハルも参加してくれよ。コンクール近いのは知ってるけど、息抜きも大事だろ?」
矢春「……まあ、気が向いたらな。」
木野「(それ来ないやつだろ……)」
神崎「(それ来ないやつじゃん……)」

 


六雲「BBQ?楽しそうだね。行ってくればいいのに。」
矢春「いい作品撮れたら行くんですけどね。そろそろ入賞したいんで。」
六雲「先週撮ってた電柱は?あれ良いと思ったんだけど。」
矢春「面白みがないのと……メッセージ性に欠けるからボツりました。あれじゃ誰も感動しませんよ。」
六雲「そういうものかな。難しいね写真って。」
矢春「……いつから動くようになったんすか。先輩の撮る、写真。」
六雲「え、うーん。いつだったかな……気づいたらもう動いてて、最初はアハ体験ぐらいのものだったんだけど、だんだん動きが大きくなっていった……ような気がする。どうして?」
矢春「なんとなく気になって。それってアドじゃないですか。実際は静止画なのに、動きが見える。俺はオカルト信じてないんで、写真が動くだなんて思っちゃいません。先輩は間違いなく人の心を動かしてる。」
六雲「よく見てるね。その観察眼と分析力があればきっといい写真が撮れるよ。」
矢春「でも先輩はその力を活かそうとしてない。そうですよね。」
六雲「……そうかもしれないね。ズルしてるような気になるから嫌なんだよ、きっと。」
矢春「よくもまぁそんな出鱈目がすらすら出てきますね。その顔写真に納めてやりましょうか?タイトルは『嘘吐き』で。」
六雲「嘘じゃないさ。ただ、大事な後輩に面白くない話をするのはそれこそ”面白くない”。そうだろう?」
矢春「……俺は話す価値もないやつだと、そういうことっすか。」
六雲「そんなにひねくれないで欲しいな。君のことは好きだし、君の撮る写真も写実的で美しい。写真はね、夢を見せてはいけないんだよ。現実世界を切り抜くんだ。それがファンタジーであってはならない、僕はそう思ってる。」

 


矢春「(ファンタジー、か。写真なんて大概嘘吐きだ。それをファンタジーと呼ばずになんて呼べばいい。)」
木野「なに難しい顔してんだ。まさか本当に俺を焼くつもりか……?」
矢春「なわけねーだろ。腹減ってボーッとしてんだよ。焼けたのくれ。」
神崎「まさか本当に来てくれるとはね。おかげで食材使い切れそうだよ。」
矢春「なんでこんなに肉あんだよ多すぎだろ。野菜はどうした野菜は。」
木野「お前以外に野菜食うやついないし。ブロックで買った方が安かったんだとよ。おかげで切るのめちゃくちゃ大変だったんだからな。切り”にく”い肉だった!マジで!」
矢春「やっぱこいつも焼くか。」
神崎「これ以上いらないって。持ち帰る?」
矢春「犬に食わせるか……」
木野「なんか冷たい飲み物持ってきますね何がよろしいでしょうかぁ!」
矢春「生。」
木野「はあああい生いっちょおおおお!」
神崎「……まあ、さっきのは冗談だけど。本当に持ち帰る?たぶん余るよ。」
矢春「要らねーよ。さすがに胃がもたれる。」
神崎「違う、先輩の分。お土産に持ち帰れば?何かあったんでしょ。」
矢春「……なんで知ってんだよ。」
神崎「顔に書いてある。早いとこ仲直りしなよ?キノっちが妙にテンション高いのそのせいだから。」
矢春「……。」
神崎「それよりさ、写真撮ってよ。カメラと三脚持ってきたんだ。みんなで撮ろう。」
矢春「集合写真なら俺じゃなくても撮れるだろ。タイマーだし。」
神崎「場所とか設置は任せるから、よろしく!」
矢春「おい……面倒事押し付けられただけじゃねぇか。」
(神崎「川遊び組ー!肉焼けたから戻ってこーい!」)
矢春「(こんな日常も切り抜き方次第でファンタジーになる。ありふれている様で、実在しない、かつて存在したかもしれない日常。写真において、それを見つけられるやつは強い。そして俺は、どうしようもなく現実を写すことしかできない。)」
矢春「撮るぞ、10、9……」
矢春「(どうして先輩はこだわるんだ。夢を見せてこそのフィクションで、それが芸術の在り方だろ。まさか、現実がそれを越えられるとでも思ってるのか?)」
矢春「5、4……」
木野「ハル!こっちだ!急げ!」
矢春「(そんなわけない。世の中で評価されるものとは何か、先輩は身に染みて理解しているはず。それならどうして)」
矢春「2、1……」

SE:シャッター音

木野「おー、写りいいな。さすがハル!サーンキュ!」
矢春「……これだ。」
木野「ん?どうした、ハルから見ても渾身の出来だったか?そりゃ本心も漏れちまうよな~!なんつって……ハル?」
矢春「木野、肉くれ。持ち帰る。」
木野「ひいいい!ごめんふざけ過ぎた!命だけは、命だけは……!」
矢春「ちげーよ、余った肉。冷凍のままでいいから土産にくれ。」
木野「なんだそっちか。待ってろすぐ用意する。あ、そういや二次会どうすんだ?」
矢春「用事あるからいい。お前らだけで楽しんでこいよ。」
木野「そっか。ほい、冷凍肉一丁。夕方雨降るらしいから気ぃつけて帰れよ。また明日な!」

 


SE:シャッター音


六雲「(……違う、これじゃない。被写体は悪くないはずなんだけど、上手くいかないな……ん、もうこんな時間か。何か食べないと。確か冷蔵庫に……あれ、何も無い。他の子が持って行っちゃったのか。)」

 

SE:ガサゴソ

六雲「(……あ、エネルギーバー。これでいいや。)」
六雲「……味気ない。」
矢春「じゃあ肉食べます?」
六雲「ハルくん。BBQは?」
矢春「終わりましたよ。あいつらは二次会行くって言ってたけど。」
六雲「ハルくんは行かなくてよかったの?」
矢春「どうせ騒いで飲み食いするだけだし、カラオケとか好きじゃないんで。」
六雲「そう。いい写真撮れた?」
矢春「まあ。ただの日常風景ですけどね。」
六雲「そっか……お肉頂くよ。ありがとう。」
矢春「……一つ聞いてもいいすか。」
六雲「なに?」
矢春「先輩が写真に求めているのは想像の余地でも、誰かからの評価でもない……”事実”、ですよね。」
六雲「どうしてそう思った?」
矢春「さっき集合写真撮ってて気づいたんです。先輩はただ、その時間を切り取るための”記念としての写真”を撮りたかったんじゃないかって。でもあんたの作品は動いちまう。否が応でも人の心を動かし、歪む。違いますか。」
六雲「……そうだね。その通りだよ。聞きたいかい?昔の、決して面白くはない話だけど。」
矢春「その為にここへ来たんです。」
六雲「……友人に頼まれて、彼の大切な人を撮ったんだ。素敵な笑顔の写真でね、大層気に入ってくれていたよ……でも不幸なことに、旅行先の事故でその人は亡くなってしまってね。」
矢春「……。」
六雲「それ以来、彼がこう言うんだ。『あいつが俺を責めるように見つめてくる』って。自分が旅行に誘ったせいで死なせてしまったと思い込んだんだろうね。彼は精神を病んでいったよ。僕には何も出来なかった……むしろ、彼を苦しめて、取り返しのつかない、酷いことをしてしまった。」
矢春「それは先輩のせいじゃない。そいつの思い込みで自滅しただけでしょうが。」
六雲「本当にそうかな。じゃあ、あの写真が動かなかったら?幸せな笑顔のままだったら?彼は心を壊すこともなかったんじゃないかな。記憶の中の、愛しい人との思い出で生きていけたんじゃないかな。」
矢春「知りませんよそんなもしも話。でも、だとしたらですよ、そいつの受け取り方次第では優しく微笑みかけられていたかもしれない。救われていたかもしれないんすよ。あんたの能力に非がないことは自明です。どうしてそれが分からないんですか。」
六雲「元凶が僕にあるからだよ。君こそ分からないかな?僕の写真が動いたりしなければ、誰かを不幸にすることも、理不尽に影響だけを与えることもなかったんだ。」
矢春「どうしてあんたの作品が悪影響だけを与えるって決めつけてるんすか。結果としてそうなっちまったってだけで、全ての可能性を潰すなんて間違ってる!」
六雲「間違ってるとしても!!僕は”何も与えない作品”を目指したんだよ。そこにあるだけの、空間を切り取る写真を。でも出来なかった!僕の写真は歪む。伝えたい景色そのままを、君のようには切り取れないんだよ!だったらもういっそ……っ!」

SE:走り去る音

矢春「先輩!……っ逃げんな!」

SE:走り去る音

 


BGM:雨


六雲「(……写真なんか辞めてやる、って言えなかった。でも、伝わってるだろうな。情けない。言いたいことだけ言って、逃げて……最低だ。)」
六雲「さむっ。」
六雲「(酷い雨。どこかで雨宿りしないとさすがに風邪ひくな。バス停どこだっけ。確かこっちに……あった。)」
六雲「あ、自販機。まだホットあるんだ。」
六雲「(小銭持っててよかった。珈琲でも飲んで温まろう……ん?)」

SE:ゲコッ

六雲「……あの、どいて貰えるかな。そこに居ると買えないんだけど。」

SE:ゲコッ

六雲「(小銭投入口にカエル……ちょっと面白いけど普通に困るな。そんなに得意じゃないから触れないし……)」
六雲「どかないなら、こっちにも考えがあるよ。はい、チーズ。」

SE:シャッター音

六雲「(フラッシュまでたいたのに全く動じてない……?)」
六雲「大したカエルだね、君は。」
六雲「(……なにやってるんだろう。とうとう頭がおかしくなったのかもしれない。)」
六雲「……馬鹿みたいだ。」
矢春「ほんと、考え無しに出ていくとか馬鹿みたい……っていうか馬鹿ですよね。」
六雲「ハルくん、どうしてここに。」
矢春「追いかけてきたからに決まってるでしょうが。こんなずぶ濡れで……独りごちる余裕あるなら暖を取れってもんです。」
六雲「と、とろうとしたよ。でもカエルが。」
矢春「カエル?……ああ、なるほど。邪魔で買えなかったのか。シッシ。」

SE:ゲコッ

六雲「え、嘘そんなあっさり。」
矢春「逆に何したんすか……まあいいや。少しは頭冷えたでしょ。体まで冷えたら事なんで、さっさと帰りますよ。これ持って。」
六雲「え、あ、ありがとう……怒ってないの。」
矢春「怒ってますよ。でも、あんたは俺が聞きたくないと思う言葉を言わなかった……言えなかっただけかもしれないけど。それだけで今はいいです。」
六雲「……ごめん。」
矢春「謝罪とかいらないんで。今度はちゃんと話をさせて下さい。俺は殴り合いたいわけじゃないんでね。あとついでに」
六雲「?」
矢春「さっきスマホで撮ってた写真、見せてください。」

 


六雲「っくし!……ごめん、傘だけじゃなく服まで。」
矢春「傘は大学のだし、ジャージもレク用に置きっぱにしてたやつなんで気にしないでください。肉、どうぞ。」
六雲「傷んでなくてよかった。頂きます。」
六雲「……情けない話だよ。勢いで写真辞めようとしておいて、気づいたら写真撮ってたなんてさ。」
矢春「聞きたくないって言ったのになんでわざわざ言うんすか。」
六雲「ごめん。でも、辞められないから。僕は多分、写真から離れられない。」
矢春「……まだ辞めたいと思ってるんですか。」
六雲「どうかな。分からない。でも君の言葉を思い返すとね、勿体ないと思ってしまって。」
矢春「は?なんすかそれ。」
六雲「君はさ、僕の写真になぜか執着してるよね。どうして?」
矢春「賞をとれるぐらい優秀だから、ってのは建前で……単純に好きだからですよ。俺とは違う、あんたの切り取る世界にどうしようもなく魅せられてる。ただそれだけです。」
六雲「これは……面と向かって言われるとなかなか気恥ずかしいね。」
矢春「あんたが言えって言ったんでしょうが。」
六雲「そうなんだけど。でも、ありがとう。やっぱり勿体ないね。そこまで言葉を尽くしてくれる人がいるのに辞めてしまうのは勿体ない。」
矢春「……まあ、理由はなんでもいいんすよ。続けてくれるなら。」
六雲「うん。続けるよ。君にも恩返しをしたいしね。」
矢春「はい?さっきも言いましたけど、傘は俺のじゃないし、ジャージは置きっぱにしてたの出しただけなんで。洗濯とかこっちでやるから気にしなくていいんすけど。」
六雲「そういうことじゃなくて……まあいいや。まずは目の前のコンクールに向けて頑張らないとね。」
矢春「さっきのカエルは出さないんすか。」
六雲「面白いけどさすがに没かな。」
矢春「勿体ない。じゃあ次は俺が最優秀賞ですね。」
六雲「威勢がいいね。自信作ってことかな?」
矢春「まあ、楽しみにしててくださいよ。いつか見れるんじゃないすか?それこそ、大学の廊下あたりで。」

 


木野「……あれ、写真変わってね?」
神崎「ほんとだ。ってかハルじゃん佳作とってるし。やるねー!ってナイン入れとこ。」
木野「この写ってる人ってアレだよな。写真サーのオカルトの人!」
神崎「六雲先輩ね。スマホ構えて何してるんだろ。タイトル……『初挑戦』?あ、六雲先輩と連作なんだ。」
木野「サイフケータイか?でも小銭投入口だよなここ。あとこのちっこい緑のやつなんだ?」
神崎「……なるほどそういうことか。あっは、面白いじゃん!」
木野「どういうこと?全くわからな……おい待て神崎教えろって!」
神崎「自分で考えなよ。もしくはハルに聞いたら?」
木野「それぜってー教えてくれないやつ!なあ、どういうことだよ。神崎!なぁ〜!」

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