罪喰い EpisodeⅡ
登場人物:7人(男:3人 女:2人 不問:2人)
・シン …男性
・ダフネ …女性
・ジュディ …女性
・ロック …男性
・依頼人 …不問
・街の人 …男性
・警察 …不問
シン 「――この身にとりつけ給へと、恐み恐みも白す…ご子息の穢れは俺が請け負った。身も魂も、潔白のまま天に召すことができるだろう。」
依頼人 「ああ、どうも。じゃあ。」
シン 「次の依頼先の紹介は。」
依頼人 「そんなにポンポン知り合いが死んでしまったらやってられないよ。この時期だし、そのあたり歩いてたら仕事が見つかるんじゃないかな。」
シン 「そうか。世話になったな。」
依頼人 「……ああ、そういえば。」
シン 「なんだ。」
依頼人 「少し遠いけれど、隣国の港町で事件が相次いでいるそうだよ。死者が多数出ているとか。」
シン 「そうか。情報提供感謝する。」
シン 「……コイン一枚。情報があっただけマシだな。」
SE:がやがや
SE:足音
シン 「食い物……食い物……」
ダフネ 「うわっ、お兄さんどうしたの。旅の人?これ食べる?」
シン 「……いいのか?」
ダフネ 「目の前で倒れられても困るし。あー、ちょっと固いけど。お兄さん若そうだしいけるでしょ。どうぞ。」
シン 「ありがたく頂く。」
ダフネ 「死なない程度にご飯食べてね。それじゃ。」
シン 「あ、待て。聞きたいことが」
SE:走り去る音
シン 「はぁ……か、固い。しかも甘くない。なんだこの堅パンは。」
シン 「失礼する。少し話を聞かせてくれないか。」
街の人 「なんだよ。道案内なら警察の方が早いぞ。」
シン 「最近このあたりで起きている事件について、知ってることを教えてくれ。」
街の人 「ああ、被害者全員男性ってやつ?噂は聞いたけど詳しいことは知らねぇよ。あー、警察の人?もういいか。」
シン 「ああ、すまない。」
街の人 (待たせたな。変なのに捕まっちまってよ。夜まで時間あるし、どこか行こうぜ…)
シン 「……男性ばかり狙われる事件、か。もう少し聞き込みをした方がいいかもしれないな。」
シン 「すまない、そこのご婦人。少し聞きたいことがあるんだが。」
ジュディ「あら?あらあらイケメンじゃないの!なに聞きたいことって。私でこたえられるかしら。」
シン 「このあたりで最近起きている事件について知っていることを」
ジュディ「なによ、辛気臭い話?そんなことよりお兄さんのことを聞かせて頂戴な。あ、もうちょっとでうちの店開くから寄ってらっしゃい。物知りなおじさんも来るから事件のことはその人にでも聞けばいいわ。あの人お酒入るとすぐ口割るのよほんと単純
よね~!」
シン 「あ、いや、俺は。」
ジュディ「さあさ行きましょ。他の店にキャッチされる前にお持ち帰りしなきゃ。あらやだ、お持ち帰りなんてイマドキの子は言わないのかしら?」
シン 「話を、おい。話を聞いてくれ。おい。」
ジュディ「イケメン一名様ご来店~!なんてね!」
SE:ベル
ロック 「おや?見ない顔がいるじゃないか。とうとう身を固めたのかい?」
ジュディ「ロック。違うわよ。いつものでいいの?」
ロック 「ああ、よろしく。君は……おや、飲まないのかい。」
シン 「聞き込みで来てるだけだからな。」
ロック 「その割にはずいぶん疲れてるように見えるけど……一杯どうだい?おごるよ。」
シン 「……弱めのやつで頼む。」
ロック 「じゃあ同じやつ。追加で頼むよ。」
ジュディ「それ全然弱くないじゃないの!ちょっと待っててね。」
シン 「常連なのか?」
ロック 「ああ。それこそ、彼女がおしめも取れない内から通ってるよ。親父さんが学校の先輩でね。」
シン 「この店に情報通の常連がいると聞いた。あんたのことか。」
ロック 「よく知ってるね。そう、情報屋のロックとはこの僕のこと!……そろそろこの名乗り方やめようかな。僕って歳でもないし。」
シン 「最近このあたりで起きている事件について教えてほしい。被害者が全員男性、と聞いたんだが。」
ロック 「ああ、あれか。いいよ、知っていることは教えよう。でもタダって訳にはいかないな。」
シン 「何が必要なんだ。金はないぞ。」
ロック 「目には目を歯には歯を、情報には情報を、ってね。君、東洋の人だろう。何のためにここへ?」
シン 「仕事だ。」
ロック 「どんなお仕事だい?外交官って風貌でもないし。」
シン 「……罪喰い。故人の罪を喰らい、引き受ける仕事だ。」
ロック 「罪喰い。それは興味深いね。今までの仕事の話を一つでいい。聞かせてくれないかい。それが代価だ。」
シン 「少し前、特殊な思想を持った人々の住む街に行った。あまり詳しいことは言えないが……少女が神に成り代わっていた。心を殺して、人々の信仰のために神を演じていた。ちょうどその代変わりの時に立ち会い……かつて神と崇められていた少女を見送った。その後、新たな神の顕現を見届けて俺は街を出た。これでいいか。」
ロック 「へえ、少女が信仰の対象か。面白い話だね。ありがとう。」
シン 「愉快とは言えないけどな。」
ロック 「すまない、そういうつもりではないんだ。勉強になったよ。いい情報をもらったからにはこちらも張りきらないとね。」
ジュディ「張りきりすぎてハメ外さないでよ?はい、ジン二つ。」
ロック 「ははは、肝に銘じておくよ。じゃあ……あ、そういえば名前は?」
シン 「シンだ。」
ロック 「なるほど、罪喰いだからシンか。今夜はいい酒が飲めそうだよ、シン。乾杯。」
SE:乾杯する音
ロック 「んあはは~!それでさぁ~全然道開けてくれなくて!」
ジュディ「肝に銘じるって言ってたのにねぇ。こら、もうやめときなさいな。」
ロック 「儲かるんだからいいでしょ~?シンももっと飲みなよ~!」
シン 「遠慮する。」
ロック 「あはは!ジュディちゃんつれな~い!」
ジュディ「ほんとに飲みすぎよロック。シンに送っていってもらったら?」
シン 「俺は構わないが。歩けるか?道案内なしじゃ送りようがないぞ。」
ロック 「うう~ん。たぶん。今日はツケておいて~。」
ジュディ「はいはい。気を付けてね!」
SE:ベル
ジュディ「……罪喰い、ね。」
SE:足音
シン 「……もういいんじゃないか。」
ロック 「おや、気づいていたのかい。芝居には自信があったんだけどね。」
シン 「あの店では話せないことか。」
ロック 「他の客もいたしね。さっきも言った通り、被害者は全員男性。9人中8人が死亡している。死因は血栓症。生き残った男性の証言によると、犯人は……。」
シン 「少女、だったか。」
ロック 「表向きはそういうことになってる。でもね、どうやらそう言い切ることもできないみたいなんだ。」
シン 「どういうことだ?」
ロック 「この事件、連続殺人だって世間では騒がれているけれどね。この犯行が全て同一犯によるものっていう証拠がないんだよ。」
シン 「目撃証言はないのか。」
ロック 「あるよ。でもね、妙なんだ。被害者は少女に殺されかけたと言っているのに"少女を見た"という目撃証言がない。あがる人物像はみんなバラバラ。女性、男性、少年、老父……しかも直前までそばにいたってだけだ。警察が公に発表できないのも
これが理由だろうね。」
シン 「複数犯か。同時期に起こっただけか。どちらにせよ不可解だな。」
ロック 「そうなんだよ。これは僕の仮説だけれどね、誰かが裏で唆しているんじゃないかって思うんだ。目的はわからないけど、それなら筋は通る。」
シン 「犯行に走らせて得をする人間がどこにいるんだ。愉快犯か?」
ロック 「その可能性もあるけど……いるんだよね。得する人間が。」
シン 「まさか。」
ロック 「そう、君と同じ罪喰いだ。」
ロック 「部屋は好きに使ってくれていいよ。おやすみ。」
シン 「ああ、ありがとう。」
ロック (もちろん罪喰いだけじゃない。葬儀屋、墓石屋…死に関わる職業なら当てはまる。まあ、これはただの憶測だけどね。)
シン 「この街には、仕事のために人を殺す人間がいるかもしれないってことか。」
シン (誰が死のうとどうでもいい。俺は務めを果たすだけだ。でも……)
シン 「……今日は冷えるな。」
SE:ざわざわ
ロック 「まさか本当に出くわせるとはね。これで10件目。ここも他の犯行現場と同様、人通りが多い。つまり僕の見立ては正解だったってわけだ。」
シン 「死体が見つかりやすい場所か。遠目だが、目立った外傷はなさそうだな。」
ロック 「このまま張り付いていれば君の同業者が顔を出すかもしれないよ。」
シン 「そうかもしれないな。俺には関係のないことだ。」
ロック 「ちょ、シン!嘘だろ!」
シン 「失礼する。不幸があったのか。」
警察 「なんだ君は。関係者以外立ち入り禁止だぞ。」
シン 「罪喰い。故人の罪を喰らい引き受ける者だ。」
警察 「ハイエナか……そんなものは必要ない。さっさと出ていくんだ。」
シン 「こちらも仕事だ。営業の邪魔はしないでもらえるか。」
警察 「……ちっ。現場検証中だ。身元が特定でき次第遺族を呼ぶからそれまで大人しくしていてくれ。」
シン 「承知した。……ん、あの男。」
街の人 (ああ、被害者全員男性ってやつ?噂は聞いたけど詳しいことは知らねぇよ。)
シン 「……冥福を。」
ロック 「シン……君意外と積極的だね。」
シン 「目の前に金が転がっていたら拾うだろ。」
ロック 「それはそうだけど……何か考えがあるのかい?」
シン 「何も。飯にありつきたいってだけだ。今のところはな。それより、調べはついたのか。」
ロック 「ああ、これもほぼ確定で間違いないだろうね。被害者は死の直前にすぐ近くの飲食店で食事をしている。連れもいたけど先に帰ったらしい。前回と同じなら、アリバイがあるだろうね。」
シン 「条件はこれまでと同じ、ということは……」
ロック 「犯人は接触した人間じゃなく、別にいるってことだね。ターゲットへの接触が条件である可能性も高い。もしかすると……犯人と接触者はグルで、殺害を依頼しているのかもしれないね。でも、だとしたらどうして被害者は全員男性なんだろう。何か意味が……」
シン 「犯人にもそれなりに人を殺める理由があるんだろ。そんなものはどうだっていい」
シン 「――この身にとりつけ給へと、恐み恐みも白す…この男の穢れは俺が請け負った。身も魂も、潔白のまま天に召すことができるだろう。……一つ聞きたいんだが。彼の死後、他の罪喰いや葬儀屋から連絡が来たりしたか?」
SE:ベル
ジュディ「あら、いらっしゃい!久しぶりじゃない。」
シン 「ああ。」
ジュディ「お疲れみたいね。何か飲む?」
シン 「ジン、ロックで。」
ジュディ「ふふ、気に入ってくれたのね。」
シン 「まあな。今日は誰もいないのか。」
ジュディ「もう少ししたらあの人が来るでしょ。毎日ここに来てぶーたら言ってるんだから」
シン 「今日は用事があると言っていた。」
ジュディ「あら。それなら、今日はまったりできそうね……シンが初めて来てからもう3か月ぐらいたつかしら?早いわね。」
シン 「ああ……辛気臭い話をしてもいいか。」
ジュディ「何よ改まって。いいわよ。聞かせて。」
シン 「例の連続殺人事件、昨日でもう18件目だ。未だに犯人は捕まっていない。」
ジュディ「怖いわよね。被害者は全員男性らしいけど。シンも気をつけてよ?」
シン 「……。」
ジュディ「シン?どうしたの。」
シン 「俺が罪喰いだってことは話したよな。」
ジュディ「ええ。初めて来た日、ロックと話しているときに聞いたけど。」
シン 「俺は今、この事件を追って被害者を弔っている。」
ジュディ「……。」
シン 「最初は特に問題なく禊をしていたんだが……ここ一か月、先を越されている。」
ジュディ「先って……誰に?」
シン 「同業者だろうな。」
ジュディ「タイミングが悪いのかしらね。」
シン 「ここに来て以来、俺はずっと街中で張り込みをしている。栄えているとはいえ、小さな街だ。大通りはそう多くない。事件が発覚すれば警察が動く。それを追っていけば、現場の調査が終わる前には到着できる。」
ジュディ「それでも先を?」
シン 「ああ、まるで死ぬのがわかっていたみたいにな。」
ジュディ「それは……何とも不思議な話ね。」
シン 「少しでも情報が欲しい。何か知っていることがあったら教えてくれないか。」
ジュディ「そんな、ないわよ。シンがそれだけ調べて見つけられないものを私が知ってるわけないじゃない。」
シン 「ロックから毎日のように話を聞いているあんたが、か?」
ジュディ「本当に知らないのよ。あの人が持ってくる話なんて他愛もないものばかりなの。」
シン 「……そうか。すまなかったな。」
ジュディ「いいえ、私こそ役に立てなくてごめんなさいね。」
シン 「美味かった。これで足りるか。」
ジュディ「ええ、ありがとう。」
シン 「……名前。」
ジュディ「え?」
シン 「その罪喰いの名前、ダフネって言うらしいな。」
ジュディ「!」
シン 「……失礼する。」
SE:ベル
ジュディ「……潮時ってことかしらね。」
ジュディ(いらっしゃい。今日はどのような内容で?……浮気ね。なるほど。占ってもいいけれど……ねえ、新しいプランを始めたの。料金は同じでいいわ。その恨み、呪いにしてみない?)
ジュディ(あなたはその人に会うだけでいい。あなたと別れた後、全てがゼロになるわ。)
ロック 「おかえり、シン。僕の情報は役に立ったかい?」
シン 「ああ。おそらく当たりだ。いい作戦だった。」
ロック 「まさか本当にジュディが犯人と繋がっているとはね。ここから何かしらアクションを起こせるといいけど……ひとまずはそのダフネって子に接触するのが先かな。」
シン 「そうか。まあ頑張れよ。」
ロック 「うん?君も追うんじゃないのかい?」
シン 「暫くやり過ごせる程度の金は溜まったからな。俺はこの線から降りる。」
ロック 「そんな……君は犯人を捕まえたいとは思わないのかい?」
シン 「興味ないな。誰が誰を殺そうと知ったことじゃない。ただ……」
ロック 「?」
シン 「人間としての矜持も守れない奴に、美味い飯を食われるのは癪だと思った。それだけだ。……明日の朝出航する。世話になったな。」
ロック 「な、なんだいそれは……。」
SE:港、船の音
ダフネ 「んんー!風が気持ちいい。世界ってこんなに広かったんだなぁ。」
シン 「(パンを食べる音)」
ダフネ 「あの、食べるならここじゃなくてロビーで…って、ああああ!死にかけてた人!」
シン 「……?誰だ。」
ダフネ 「命の恩人のこと忘れるとか結構いい神経してるね。」
シン 「恩人……ああ、あの時の堅パンか。世話になったな。」
ダフネ 「別に……お兄さんも旅に出るの?」
シン 「ああ。仕事を探しに行く。」
ダフネ 「あはは。あたしと同じだ。ビジネスパートナーに突然手切られちゃってさ。酷いよね。」
シン 「……そうか。」
ダフネ 「なにその薄い反応!逆に面白いや。ねえ、話し相手になってよ。この船確か3日ぐらいかけて次の街に行くんでしょ?」
シン 「構わないが、面白い話なんてないぞ。」
ダフネ 「あたしが話すから適当に相槌打ってよ。それならいいでしょ?」
シン 「好きにしろ。」
ダフネ 「うん。さっきの話だけど、この間まではね、びっくりするぐらい巡り合わせがよかったのにパッタリ縁が切れちゃったんだ。いい占い師だったのに。」
シン 「占い師相手に商売していたのか。」
ダフネ 「相手っていうか、協力関係だったんだけど。いきなりもう組まないって言われちゃって。この街では次の仕事にありつけないからすぐにでも発ちなさいってさ。まあ彼女の実力はあたしが一番よく分かってるから、こうして旅に出たんだけど。」
シン 「随分信用しているんだな。」
ダフネ 「彼女の言うとおりにしてたらするするするって仕事が舞い込んできたんだもん。そりゃ信用もするって。」
シン 「……。」
ダフネ 「でも、なんだろうね。おかしな話だけどさ、これでよかったんじゃないかって思うんだ。あたしのしてる仕事って、本来は仕事がない方が幸せな職業っていうか。あんまり歓迎されないものなんだよね。だからきっと、うまくいってる方がおかしいんだよ。」
シン 「奇遇だな。俺も同じ考えだ。」
ダフネ 「お兄さんも?」
シン 「俺みたいな奴は必要とされるべきじゃない。それでも、向き合って利用して生きていく。そういう生き方しか知らないからな。」
ダフネ 「ねえ、お兄さんってもしかして……いや、なんでもないや。名前なんて言うの。」
シン 「シンだ。」
ダフネ 「シンって……本名?」
シン 「さあな。」
ダフネ 「あは、どっちでもいっか。あたしはダフネ。よろしく。」
シン 「ああ。よろしく。ダフネ。」