墓守の狗-第二話-
登場人物:5人(男:2人 女:1人 不問:1人)
・レイチェル(表記:レイ) …女
・フィン …男
・バルト …男
・ノア …不問
「野狗子。獣のような頭部と人間の身体を持った妖怪。人の頭蓋骨を破り脳みそを喰ら
う奴らは、餌を求め死体が埋葬された墓場に出没するという。これは野狗子を追って
世界中を旅した少女の復讐の記録である。」
フィン「(声が聞こえる。何度も”ごめんなさい、ごめんなさい”と呟く掠れた少女の声。時折俺の名前を呼んでは、またごめんなさいを繰り返す。なぜ謝られているのか、少女は誰なのか。そもそも俺は誰で、どうして何も見えず、体を動かすこともできないのか。何も思い出せない。……いや、そうだ、名前。少女が呼んでいた名前。あれが俺だったはず。思い出せ。俺の名前は───)」
レイ 「フィン!いい加減起きなさいって言ってんでしょ布団はぐわよ!」
フィン「……朝から騒がしいな。」
レイ 「騒がしくて結構。もう昼よ。」
フィン「そうか……ん。」
レイ 「そうか……じゃない!起きろ!二度寝すな!」
バルド「あれ、まだ起きてないの?もう置いていけば?白昼堂々レイチェルちゃんと二人きりラブラブデートなんてカップルみたいで素敵じゃ」
フィン「そうだ置いていけ。何だか知らないが。」
レイ 「そういう訳にもいかないの。上から呼び出し喰らったんだから。”犬も連れて来い”って。」
フィン「犬か。それなら、まだ散歩の時間じゃな……いっ!」
バルド「うわっ!え、ベッドぬるい。うわぁ入れ替えないでよレイチェルちゃあん……。」
レイ 「これで連れて行ってあげてもいいけどどうする~?フィン?」
フィン「……1時間待て。支度する。」
レイ 「いや乙女か!10分で済ませなさい!」
ノア 「それでこんな時間になったと。ブリーダー失格だね。やめたら?」
レイ 「ごめんなさいね放任主義が祟ったみたいで。で、何の話?わざわざ集めたってことはそれなりの用なんでしょ。」
ノア 「口の利き方を弁えなよ、君も組織の人間なんだから。やあ怠惰。久しいね。」
フィン「……。(睨む)」
ノア 「機嫌が悪いね。まだ寝ぼけてる?」
バルド「お腹がすいてるんです。俺も含めてね。だから早く本題に入ってくださいよ。代表取締役補佐、ノア・フーバー様。」
ノア 「暴食、脅しはよくないよ。笑ってしまうからね。それじゃあポメラニアンの威嚇そのものだ。」
レイ 「その可愛いポメラニアンのためにパーッと分かりやすく話してくれる?まだお散歩の途中だから。」
ノア 「いい返しだね。感心したよ。今日呼んだのは他でもない、契約更新の為だ。契約書にサインして欲しいのと……暴食。」
バルド「なんですか?」
ノア 「君をこのチームから外す。」
レイ 「え……ちょ、何よそれ!そんな一方的に」
バルド「わかりました。」
レイ 「バルド?!」
ノア 「そういう契約だからね。そもそも彼は書類上、墓守じゃないんだ。まあ君には関係のない話だよ。」
バルド「まあそういうことで。じゃあねレイチェルちゃん。」
レイ 「ちょっと待ってよバルド。説明しっ……何よ!」
ノア 「はい、契約書。またよろしくね傲慢。」
レイ 「どういうことなのよ。」
フィン「知るか。本人に聞け。」
レイ 「その本人が行方くらましちゃったらから聞けないんでしょうが!も〜なんなのよ。」
フィン「あいつがいないと不都合でもあるのか。」
レイ 「ないけど……なんか納得いかない。フィンは何も思わないわけ?」
フィン「静かになったな。」
レイ 「あんた達もしかして仲悪いの?」
フィン「さあな……着いたぞ。」
レイ 「はぁ。気が乗らないけど仕事はしないとね。よし!頑張るぞー!オラァ!どこだ墓荒らし!」
フィン「どんな奴なんだ。」
レイ 「すばしっこくてちょこまかしてるとか何とか?あと死角から襲ってくるんだっけ?まあ見つければこっちのもんよ!さあ出てきなさいぶちのめしてあげるわ!」
フィン「ふん、無様だな。」
レイ 「いったぁあああい!もうちょっと優しく手当してよ!利き手なんだから!」
フィン「一人でずかずか進んだお前が悪い。」
レイ 「だってあいつ逃げるんだもん!見失ったら追えなくなるでしょ?」
フィン「お前一人で何が出来る。あの速さじゃ銃も当たらないだろ。」
レイ 「それはそうだけど…フィンだって追跡能力ないでしょ!ああするしかなかったの!」
フィン「話にならないな。」
レイ 「きゃっ!何すんのよ。」
フィン「安静にしてろ。足手まといだ。」
レイ 「なっ……そんな言い方しなくても!」
SE:ドアの閉まる音
レイ 「二人してなんなの……なんなのよ。」
フィン「いつまでそこに居るつもりだ。」
バルド「気づいてたんだ。」
フィン「ずっとつけてきていただろ。」
バルド「お前がレイチェルちゃんに変なことしないかなーって心配でさぁ!……で、どうして一人で先に行かせた?お前なら追いつくのは余裕だったはずだろ。」
フィン「さあな。」
バルド「何考えてる。」
フィン「別に。ただ、あいつは今不安定だ。俺にはどうする事もできない。」
SE:歩き去る音
バルド「……なにそれ、SOS?レイチェルちゃんの頼み以外は聞きたくないんだけど!」
レイ 「ああ、これ頂戴。あとこれも。ありがとう。」
レイ 「(安静にしてろって言うなら食べ物ぐらい気を利かせて持ってきてよ。おかげで外に出る口実ができたけど……。)」
(ノア「そういう契約だからね。そもそも彼は書類上、墓守じゃないんだ。まあ君には関係のない話だよ。」)
レイ 「……どこ行っちゃったのよ。駄犬。」
(遠くからBGMのように)
子供達「ザンクト・マーティン♪ザンクト・マーティン♪」
レイ 「ランタンのパレード…そっか収穫祭。もう冬が来るのね。どうりで肌寒いわけだ。」
レイ 「……ザンクト・マーティン、ザンクト・マーティン♪」
レ&バ「「ザンクトマーティン リッチ ドゥッシュ二ー ウーウィンド♪」」
レイ 「え……うわああああ!誰!」
バルド「やあ麗しいお嬢さん。お腹すいてない?ベックメナー食べる~?それとも、俺?」
レイ 「バルド……よね。仮装してるけど。」
バルド「大正解!さすがレイチェルちゃん。俺と魂で繋がってるんだねぇ。」
レイ 「いや意味わかんないし……ねえ、なんでいなくなったの。」
バルド「怒ってる?」
レイ 「少し。でも、どっちかって言うと悲しかったの。なんで話してくれなかったのかな、話せない程度の関係だったのかなって。そりゃそうよね。ビジネスパートナーだし。ちょっと思い上がってた。」
バルド「それは違うよ。レイチェルちゃんに話せなかったのは機密事項だからで……いや、それにしても説明がなさすぎたね。ごめん。」
レイ 「いいの。他人なんだし。報告の義務はないわ。」
バルド「……。」
レイ 「……困らせてごめんね。あたしもう帰」
バルド「パレード。」
レイ 「え。何よ急に。」
バルド「パレード見に行こう。あと、出店も回ろう。仮装して、美味しい物食べて……俺とデートしよう、レイチェルちゃん。」
レイ 「……いいわよ、付き合ってあげる。その代わり湿っぽいのはなしね!全力で楽しんで振り回してやるんだから。」
バルド「ああ!望むところだよ!」
レイ 「まずは仮装ね……その辺にいい感じの売ってるといいけど。」
バルド「俺のマント着る?」
レイ 「それだとバルドが頭に兜つけてるだけの変人にならない?」
バルド「それもそうだね。じゃあマントの中においでよ!デートなんだし、二人で着ればいい感じに距離も近くなるんじゃないかな!デートなんだし!」
レイ 「変なことしたら殺すわよ。」
バルド「手厳し~!」
レイ 「あ、ガチョウ肉売ってる!あれ食べよ!」
バルド「いいけど……レイチェルちゃんはムードとか気にしないタイプなんだねぇ。」
レイ 「美味しいもの食べて幸せになれるんだから言うことなしでしょ?あ、すみませーん!ガチョウ肉2つ!」
バルド「へ〜、焼きリンゴもついてくるんだ。」
レイ 「ああ、バルドはここの出身じゃなかったわね。肉が脂っこいから添え物として付いてくるのよ。はむっ……ん~!おいし!」
バルド「不思議な組み合わせだなぁ……ん、美味しい!意外と合うね!」
レイ 「でしょ?これ食べたら、次はあっちね。あれがないとパレードに参加出来ないんだから!」
バルド「…ランタン売り場。なるほど、そういえば子供たちがこれ持って練り歩いてたね。」
レイ 「そそ。既製品だけじゃなくて、自分の好きな柄で作れるのよ。折角だし手書きで作りましょ!」
バルド「俺絵は苦手なんだけどな~。レイチェルちゃんは?得意なの?」
レイ 「得意って程じゃないけど、自信はあるわ。」
バルド「へぇ~……ちなみに今描いてるのは?」
レイ 「見ればわかるでしょ!犬よ!」
バルド「犬。犬かぁ……うん。なかなか個性的な見た目だね!」
レイ 「強そうでしょ?こっちがバルドでこっちがフィンね。」
バルド「あ、俺たちイメージしてるんだ。いや~嬉しいね!愛だね!」
レイ 「そんなに褒めなくていいから自分の作りなさいよ。」
バルド「何描こうかなぁ。うーん……。」
レイ 「……なにそれ?日の丸?」
バルド「赤い硝子玉だよ。ほら、これで中が光るとそれっぽく見えない?」
レイ 「なるほどね。光るってことすっかり忘れてたわ。」
バルド「いいんじゃない?俺レイチェルちゃんのためならいくらでも光り輝くよ。」
レイ 「はいはい。じゃあこれ持って並ぶわよ!いざ行軍~!」
バルド「すごいね。子供がたくさん。」
レイ 「パレードの主役は子供たちだからね。あたしたち大人はオマケよ。」
バルド「レイチェルちゃんだってまだ子供でしょ?」
レイ 「歳の話?そりゃまだ成人してないけど……あたしはもう無力な子供じゃないわ。」
バルド「そうだったね。ごめんごめん。」
レイ 「そういえば兜外したのね。いつの間に。」
バルド「蒸し暑くてね。あとレイチェルちゃんの顔が見づらいから外しちゃった。」
レイ 「そう。」
バルド「このパレードが終わったらお祭りも終わりなのかな?」
レイ 「そうね。ゴールまで行くと子供たちはお菓子と籠を貰えるの。そのあと周囲の家を巡って籠がいっぱいになるまでお菓子を集めるのよ。」
バルド「子供にとっては夢のようなお祭りなんだねぇ。」
レイ 「……終わったら、どうするの。」
バルド「俺はお菓子貰いになんて行かないよ?大人だからね。」
レイ 「そうじゃなくて!」
バルド「……帰るよ、俺は。」
レイ 「……そう。無茶なことしないでよね。知り合いのバッドニュースなんて聞きたくないんだから。」
バルド「大丈夫だよ。俺そこそこ頑丈だから。ははは。」
レイ 「……。」
バルド「……腕、痛む?」
レイ 「全然。大したことないわよこんなの。」
バルド「ねえ、レイチェルちゃん。」
レイ 「なに。」
バルド「好きだよ。」
レイ 「……。」
バルド「俺はレイチェルちゃんから離れられないって、ここ数日で実感した。君に干渉せず、見守り続けるなんて無理だ。だから……俺を、君の狗にして欲しい。誰よりも側で、君を守る僕(イヌ)になりたいんだ。」
ノア 「本当にいいんだね?」
バルド「はい。」
ノア 「監視員としての契約破棄……承認、と。 はい。確認して貰えるかな。」
バルド「……問題ないです。お世話になりました。」
ノア 「私兵に成り下がるなんて、君も酔狂だね。それとも、あの子の方が羽振りがいいのかな?」
バルド「そうですね。貰っているのはお金じゃないですけど。」
ノア 「これは深入りしない方が良さそうだね。」
バルド「いいんですよ聞いてくれても。惚気けるだけですから。」
ノア 「幸せそうで何より。いいペットライフが送れるように祈っているよ。暴食。」
バルド「……ただいま。」
フィン「……。」
バルド「あれ、無視?何か言うことあるんじゃないの~?」
フィン「ない。」
バルド「うーわ可愛くな。」
フィン「お前が原因でああなったんだ。落とし前つけるのは当然だろ。」
バルド「ああ、そういうことじゃないよ。さっき言ったでしょ?ただいまって。」
フィン「何が言いたい?」
バルド「ただいま。」
フィン「……はぁ。おかえり。」
バルド「よーしよし!レイチェルちゃーん!仲直りしたよ~!」
レイ 「よかったじゃない。これで元通りね。」
バルド「何言ってるの。まだ仲直りしてない人がいるでしょ?」
レイ 「……何のこと?」
バルド「あれ~惚けてる?任務で腕を怪我した時、喧嘩してたのはどこの誰だったかな~?」
レイ 「な、聞いてたの?!」
バルド「”安静にしてろ。足手まといだ。””そんな言い方しなくても~!”……おっと口が滑った。」
レイ 「真似すんな!わかったわよ。仲直りすればいいんでしょ。フィンちょっとこっち。」
フィン「お前が来い。」
レイ 「あ、ん、た、ねぇ……!」
バルド「はいはいどうどう。」
レイ 「……悪かったわね。一人で勝手に先行して。迷惑かけて。」
フィン「いつものことだろ。気にしてない。」
レイ 「そうね、いつものこと。未熟なくせに、自分の実力を過信して突っ込んで行く。我ながら手の掛かる子供よね。本当に、ごめんなさい。」
フィン「それを自覚できたならいいんじゃないか。それを改善するも、そのままにするも、お前次第だろ。」
レイ 「うん。すぐには難しいかもしれないけど、変わっていく。あんた達が手放しでいられるぐらい、安心して背中を預けられるくらい強くなるわ。だから見てて。今回みたいに間違ったことをしたら叱って。たまに褒めて。またあたしに着いてきてよ。」
フィン「勝手にしろ。俺も好きにさせてもらう。」
レイ 「うん!それでよし!」
バルド「これで元通り。めでたしめでたしだねぇ。」
レイ 「めでたしじゃないわよ。まだ聞けてないことも沢山あるんだから。」
バルド「え〜?でも話せることは話したよ?あとは機密事項なんだって。」
レイ 「チームから外された後あたし達をつけてきてたのも機密事項ってわけ?」
バルド「や、それは……ははは!」
フィン「……そういえば、レイチェル。お前、昔の俺に会ったことがあるのか。」
レイ 「何の話?」
フィン「夢の中で幼いお前が俺の名前を呼んでいた。姿は見えなかったが。」
レイ 「昔のって……記憶を失う前ってことよね。」
フィン「ああ、あれは俺の記憶にはない。しかし夢に見たということは……そういうことだろう。」
バルド「お前って記憶喪失なんだっけ。あ〜そういえば記憶取り戻すために旅してるとか前に言ってたね。」
レイ 「……さあ、あたしは記憶にないけど。もしかしたら二人して忘れてたりしてね!」
フィン「お前な……本当に覚えていないんだな。」
レイ 「今はね。またひょっこり思い出すかも。それよりさ、ご飯食べようよ!あたし今日は温かいもの食べたいなぁ。」
バルド「いいね、ボルシチにする?お前は~?何かリクエストある?」
フィン「グラタン。」
レイ 「それ採用。今日はグラタンね!そうと決まれば、すぐ出かけるわよ!この辺りで一番美味しいグラタンを求めて~GO!」
バルド「GO~!」
フィン「ごー。」
レイ 「あ、今回もバルドの奢りね!よろしく。」
バルド「えええええ?!また俺ええええ!?」