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​偶像作家は縋れない

登場人物:5人(男:3人 女:0人  不問:1人)

・矢本つかさ …男

・寺尾    …不問

・角谷誠   …男

・不止々不  …男

矢本「(世界はキラキラと輝いていた。ステージを彩る舞台照明。色とりどりに光るサイリウムの海。それは泥だらけの足も、傷だらけの腕も、涙で濡れた頬さえ隠してしまうまばゆい光。目を開けていられないほど強いのに、それでも焦がれ求めてしまうあの光を、俺はやっと手に入れた。確かに掴んだ……はずだった。)」
矢本「(プロジェクトの解体に伴う契約の終了。こうしてアイドル酒都智也は偶像になった。キラキラと輝く世界をその目で確かめることなく死を迎え、俺だけの偶像になり……漫画家、矢本つかさが生まれた。)」

 


角谷「持ち込み?」
寺尾「いえ、連載の打ち合わせで。」
角谷「これは失敬。そちらは?」
寺尾「矢本つかさ先生です。矢本先生、こちらは月間少年ジャンジャン編集長の角谷さん。」
矢本「……ども。」
角谷「角谷です、どうも」
寺尾「数年前はここの編集長だったんですよ!ってあれ、会ったことないんでしたっけ?」
角谷「たぶんね。それ、ちょっと読ませて。」
寺尾「どうぞどうぞ!」
矢本「(未発表のものを社内とはいえ別雑誌の人間に見せるのか……)」
角谷「……矢本先生だっけ。デビューいつ?」
寺尾「3年ぐらい前でしたっけ?第四十三回のJファンオーディションで大賞とってすぐに連載始めたから……」
矢本「2012年の4月です。」
角谷「なるほどね。俺が異動してすぐだ。ありがと。じゃあ俺はこれで。」
寺尾「どうでした?矢本先生の新作。」
角谷「うーん……あんまり面白くなかったかな!じゃ、お疲れ様です。」
寺尾「……お、お疲れ様です……あ、あの、気にしないでくださいね!あの人素直っていうかその、口足らずなところあるので!あれは今後に期待してますってことだと」
矢本「大丈夫ですよ。気にしてないです。びっくりしただけで。……もう少し練ってもいいですか?伏線張ったりしたいので。明後日また来ます。」
寺尾「いいですよ!時間はまだありますから。お待ちしてますね!」
矢本「ありがとうございます……あの。」
寺尾「はい?」
矢本「もしできる仕事あったら回してください。金欠で。」
寺尾「あはは。わかりました。でも連載準備に支障ない程度にしてくださいね。」
矢本「……はい。」
矢本「(……面白くないのはわかってる。それでも描かなきゃいけない。金のために、生きるために。夢や希望で飯は食えないから。)」

 


矢本「(……そう、夢や希望で飯は食えない。)」
角谷「あれ、矢本先生。さっきぶりだね。」
矢本「……角谷さん、どうも。」
角谷「作家先生が社食利用するなんて珍しいな。社員ですらほとんど使ってないのに……え、ご飯と味噌汁だけ?質素。」
矢本「所持金がギリギリ足りなくて。」
角谷「ああ、電子マネー派?ここも早く対応して欲しいよね。」
矢本「現金しか使ってないです。スマホ持ってないんで。」
角谷「……ガラケー?」
矢本「固定電話です。外出ませんし。」
角谷「へぇ、古風だね。黒電話?」
矢本「そこまで時代錯誤ではないです。」
角谷「あ、そう。じゃあ俺も質素に天そばセットでも食べようかな。」
矢本「(質素……?)」
角谷「すみませーん。天そばセット、肉盛トッピングで。」
矢本「(しかも増えてる)」
角谷「いやぁ、頼めば勝手に食事が出てくるって素晴らしいね。ここに住みたいくらいだ。」
矢本「なんで相席なんですか。」
角谷「それはね、君が俺の指定席に座っているから。」
矢本「ここ共同スペースですよね。」
角谷「ああ、汁は飛ばさないから安心してね。ここだけの話、俺麺啜れないんだ。」
矢本「(話を逸らした。)」
角谷「先生さ、その前髪邪魔じゃないの?すごい食べづらそう。」
矢本「別に。慣れてるので。」
角谷「ふーん。ちょっと失礼。」
矢本「な、何するんですか。」
角谷「ふむ……。」
矢本「やめてください。前髪ないと落ち着かないんです。」
角谷「ふーむ……。」
矢本「離してください。そんな面白い顔じゃないでしょ。おい、離せって……」


SE:呼び出しベル


角谷「ああ、失敬。取りに行ってくるよ。」
矢本「は……はぁ。」
矢本「(なんなんだあいつ。編集長だからって礼儀無さすぎだろ。)」
矢本「……ご馳走様でした。」

 


角谷「やあお待たせ。天つゆか塩かで迷ってしまって……いない。食休みぐらいしていけばい
   いのに。ふむ……あ、ネギ忘れた。」

 


寺尾「うーん……悪くは無いんですけど。」
矢本「ダメですかね。」
寺尾「これだと読者気づけないんじゃないかなーって。ほら、今って考えなくても読めるようなものがウケるじゃないですか。だからもっと分かりやすい方が客層に合うと思うんですよ。」
矢本「そう、ですね。直します。」
寺尾「先生、焦らなくて大丈夫ですからね。まだ時間ありますから。」
矢本「……すみません。また明後日で大丈夫ですか。」
寺尾「はい、お待ちしてます。……あ、そうだ。別件なんですけど。」
矢本「もしかして仕事ですか?」
寺尾「はい、ただ、その……」
矢本「え、なんですか。成人向けとか?別にいいですけど。」
寺尾「いえ、そういうのじゃなくて。その……先生ってバク転できます?」
矢本「……はい?」

 


寺尾「(ジャンジャンの方で資料が欲しいって方がいるんです。ネットとか本だと欲しい角度がなくて、締切が近いから取材に行くのも難しいみたいで……謝礼は弾むそうなのでもしよければ……!)」
矢本「……謝礼は弾むって言葉に釣られて引き受けてしまった。」
矢本「(待ち合わせから27分、さすがに遅いな。)」
矢本「腹減ったしコンビニ……」
角谷「やあ遅れてすまないね。待った?」
矢本「(この間の……失礼な編集長。)」
矢本「少しだけ。」
角谷「正直でよろしい。じゃあ行こうか。」
矢本「バク転の資料って聞いたんですけど。」
角谷「そうそう。俺の担当してる作家がね、バトルシーンでどうしてもバク転描きたいらしくて。リアリティがないと嫌だって泣きつかれたんだよ。困った売れっ子だね。」
矢本「報酬はいくらですか。値段によっては帰ります。」
角谷「せっかちだね。もうちょっとお喋りしたいんだけど。」
矢本「時は金なりって言うじゃないですか。」
角谷「馬耳東風。……君に倣ってみたけどやっぱり性に合わないね。自分の言葉で語るべきだよ。」
矢本「……詳細を聞かせてください。」
角谷「喜んで。実はバク転以外にもいくつか頼みたくてね。俺は詳しくないからわからないんだけど、なんかこう……アクロバティックなやつをお願いしたい。できるかな?」
矢本「たぶんできますけど……ふわっとしてますね。」
角谷「バトルで使えそうな画面映えする動きなら何でもいいんだ。一応資料は持ってきたから想像するのが難しければそれを再現して欲しい。使える角度で撮影させてもらうよ。謝礼は1ポーズ2万。どうかな?」
矢本「いつ振込ですか。」
角谷「近日中。もちろん帰り際に手渡しでもいいよ。」
矢本「……即日手渡しでなら引き受けます。」
角谷「取引成立だね。じゃあこれに着替えてきて。マット敷いて待ってるから。」
矢本「ここって。」
角谷「市営の体育館。空いてたから貸し切ったんだ。」
矢本「……着替えてきます。」
角谷「いってらっしゃい。」

 


角谷「矢本先生ってなんで漫画描いてるの。」
矢本「……撮影中に聞くことですか、それ。」
角谷「作家インタビューの練習だと思って答えてよ。ほら。」
矢本「生活のためです。学歴もないので。」


SE:連写音


角谷「うわ、面白くないね。」
矢本「撮れました?」
角谷「撮れてる撮れてる。次回し蹴りみたいなやつがいいな。」
矢本「回し蹴り……こんなのですか?」
角谷「いいねそれ採用。アオリで撮ろう。」


SE:連写音


角谷「いい感じ。バク宙とか行ける?」
矢本「たぶん……ふんっ!」
角谷「いいね!これもアオリかな。もう1回よろしく。」


SE:連写音


角谷「いい素材だなぁ。これ売ったら金取れるよ。本にしない?」
矢本「しません。もういいですか。」
角谷「ああ、おつかれ。全部で7ポーズかな。はい、確認してどうぞ。」
矢本「(なんでこんな大金持ち歩いてるんだろう。)」
矢本「……はい。確かに受け取りました。」
角谷「そのジャージもあげるよ。使わないからね。あとこれも。」
矢本「なんですかこれ。スポーツドリンクと……幕の内弁当。」
角谷「お昼過ぎたからね。中途半端な時間に呼び出したお詫びだよ。」
矢本「それは、どうも……何考えてるんですか?」
角谷「別に何も。ただ、聞きたいことがあってね。どうして大賞受賞作で連載しなかったのかな。」
矢本「……角谷さんには関係ないでしょ。」
角谷「それを選んだのは俺だよ。聞いたでしょ、異動前はそっちの編集長だったって。」
矢本「それが、何か。」
角谷「なんで連載しなかった。」
矢本「……大衆受けしないからですよ。」
角谷「そんな作品に大賞なんて与えない。あれは確実に"ウケ"る。夢に敗れた人たちの葛藤をアイドルを通してよく描けて」
矢本「関係ないって言ってるだろ!……帰ります。お疲れ様でした。」


SE:走り去る音


角谷「……古傷、か。惜しいね。」
不止「なーにカッコつけてんだよ見事にフラれたくせに。ダッセェ。」
角谷「不止々不先生、原稿は?サボり?」
不止「ちゃんとマトモな資料撮ってるか監視してたんだよ。つーかなんだよあれ。随分勝手なこと言ってくれたな?」
角谷「さあ何のことかな。」
不止「しらばっくれてんじゃねぇよ。誰がいつテメェなんかに泣きついた。」
角谷「あの時のシズは可愛かったなぁ、なんて嘘々。冗談だよ。はい写真。」
不止「ったくよぉ……随分ゴシューシンだな。どうするつもりだ?」
角谷「個人的には引き入れたいけどね。今のコンテンツじゃあだめだ。だから……少し試してみようかな。甘い餌と天秤にかけて。」
不止「餌ってなんだよ。」
角谷「金になること。あとは秘密。」
不止「ケッ、嫌なにやけ面しやがって。」
角谷「ほら帰った帰った。愛しの原稿が寂しがってるよ。ああ、写真代は出張料と合わせて2割増請求するからよろしくね。」
不止「てめぇぼったくりじゃねぇか!」
角谷「じゃあね作家先生。」
不止「おい待てコラ!クソッ……あ?あいつ書類忘れて……なんだこれ、読み切り?のコピーか。第十二回Jファンタジー大賞受賞作品……矢本ってあいつの」
角谷「ねぇシズ。」
不止「なっ……んだよまだいやがったのかよ。」
角谷「今驚いたでしょ。」
不止「るせえ黙れ何の用だ。」
角谷「それ取りに来たんだよ。返して。」
不止「チッ……ほらよ。」
角谷「ありがとう。あとさ……」
不止「んだよまだ何かあるのかよ。」
角谷「道わかんないから一緒に帰ろう。」
不止「……てめぇどうやってここまで来た。」
角谷「途中まで警察の方に付き添ってもらったよ。でも流石に帰り道は案内して貰えないからね。」
不止「いやスマホのマップ使えよっつーかそもそもなんで徒歩なんだよ……オラ車行くぞ。」
角谷「ありがとう。アシ代ってことで2割り増しは無かったことにしてあげるよ。」
不止「そのまま全額チャラにしやがれ。」
角谷「夕飯作ってくれたら考えようかな。」
不止「減らねぇ口だな東京湾に沈めるぞ。」
角谷「それは困るなぁ。俺はまだ死ぬ訳にはいかないんだよ。今月の原稿貰ってないから。」
不止「ハッ、そのままくたばれ。」
角谷「酷いなぁ。」
角谷「(死ぬ訳にはいかないよ。彼の紡ぐ本当の物語を、俺はまだ見ていない。あれを世に出すまで俺は───)」


SE:車のドア閉める音
BGM:エンジン音


角谷「……次は床屋かな。」
不止「んだよ。頭丸めんのか?」
角谷「まさか。前髪を切るんだよ。」
不止「それぐらい自分でやれよ。」
角谷「そうだね。でも警戒されてるからどうしたものか。」
不止「あ?何の話だ?」
角谷「秘密。あ、スーパー寄って。今日は和食がいいな。質素なやつ。」
不止「代金はてめぇで持てよ。」
角谷「もちろん。ああ、楽しみだな。ふふふ、あはははは!本当に楽しみだ!」


SE:車が走り去る音
 

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