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秒速10メートル

登場人物:4人(モブ多数) (男:2人 女:2人 不問:多数)

・南風翔流    :男性

・西嵐駆音    :男性

・三崎      :女性

・藤宮      :女性

・モブ多数    :不問

翔流「おい、お前謝れよ。」
三崎「もういいって、かっちゃん。」
翔流「よくねーよ、こっちが先に使ってたんだから。」
??「邪魔な奴に邪魔って言っただけでしょ?」
翔流「なんだと!」
??「文句なら僕より速く走ってから言って。」
翔流「何言ってんだ?」
??「遅い奴がどんだけ練習しても無駄だって言ってるんだよ。」
三崎「うぅ…」
翔流「三崎…いいぜ、俺が相手してやるよ。」
??「まぁ誰が相手でもいいけど。」
翔流「ぜってぇ勝つ!負けたら謝れよ!三崎、ヨーイドンしてくれ。」
三崎「う、うん……いくよ?ヨーイ、ドン!」

 

SE:チャイムの音

翔流「……なんか夢見てたな…なんの夢だっけ?」
三崎「お目覚めですかー?」
翔流「なんで三崎がいんの?」
三崎「アンタ探してたからに決まってるでしょ、そろそろ部の送別会始まるよ。」
翔流「マジ?」
三崎「マジ、もう夕方。どんだけ寝てるのよ。」
翔流「あっぶねぇ、最後の最後で遅刻とか締まらねぇからな。」
三崎「ちゃんと先生と皆にお礼言うのよ?」
翔流「お前は俺の母ちゃんかよ。」
三崎「似たようなもんでしょ、ほら行くよ。」
翔流「へぇーへぇー。」

SE:歩く音

三崎「それにしても高校行ってもアンタと一緒かぁ。」
翔流「こっちのセリフだっての。」
三崎「よく受かったよねぇ馬鹿なのに。」
翔流「あそこがウチの県じゃ一番陸上強いからな。」
三崎「推薦の方は駄目だったんだっけ。」
翔流「俺が公式でタイム残してないのと、ウチの学校の実績ないからって。絶対俺が一番速えのに。」
三崎「うぬぼれ過ぎ。あそこ、県内どころか県外からも凄い選手集まってくるの知ってるでしょ?なんてったって」
翔流「日本最速の男、西嵐速人の出身高だからな。」
三崎「そういうこと。県下どころか日本で一番陸上ガチな学校なのよね。」
翔流「お前こそ、まさかあそこ受けるとは思ってなかったぜ。」
三崎「強くなりたいのはアンタだけじゃないってことよ。それに」
翔流「それに?」
三崎「保護者が居ないとアンタが問題起こした時困るでしょ。」
翔流「なんだそりゃ…っとついたついた、もう皆集まってるかな。」
三崎「私たちが最後でしょ、時間的に。」
翔流「それもそうか、失礼しまーす!」

SE:ドアを開ける音

 

先生「と、まぁ堅苦しい挨拶はこれくらいにして、皆高校行っても頑張れよ!日々是精進だ!」
全員「「お世話になりました!」」
先生「最後に順番にこれからの目標を言っていってもらうか。最初は」
翔流「はいはいはい!オレオレ!」
先生「それじゃあ元気のいい南風から。」
翔流「俺はぜってぇ日本最速の男になってオリンピック金メダル取る!」
男1「言うと思ったぜ。」
男2「でもまぁ翔流ならワンチャン行けそうだよなぁ。」
女1「南風先輩めっちゃ早いですしね。」
女2「金メダル取ったらサインもらいに行くからなー。」
翔流「おう!皆期待しててくれよな!」
先生「じゃぁ次は……」
三崎「はぁ…馬鹿。」
翔流「んだよ三崎。」
三崎「ヨソ行ったらアンタより速い奴なんてゴロゴロいるってさっき話さなかった?」
翔流「そいつら全員より速くなればいいんだろ?」
三崎「頼むから高校でそんな馬鹿な事口走らないでね?恥かくから。」
翔流「んだよ。」
三崎「噂では西嵐速人の息子も同じ学校に来るらしいよ?アンタじゃ相手にもなんないでしょうね。」
翔流「やってみなけりゃわかんねーだろ?西嵐速人の息子だからって速いとは限らねぇんだから。」
三崎「アンタねぇ……」
先生「あーちょっといいか?南風。」
翔流「なんすか、先生?最後にお説教は勘弁してくださいよ。」
先生「いや、お前には悪いことをしたと思っていてな。」
翔流「なんすかそれ。」
先生「俺は陸上の専門じゃなかったから、お前にちゃんとした指導をしてやれなかった。もっと専門の知識があれば、ちゃんとした指導ができていれば、お前はもっと速くなれてただろうに、すまなかった。」
翔流「勘弁してくださいよ、先生は残業代も出ないのに遅くまで付き合ってくれたじゃないですか。暇なときは教本読んで、俺にわかりやすいように話してくれて、それで俺めっちゃ速くなれたんすよ?俺、めっちゃ感謝してます。」
先生「そうか…ありがとう高校行っても元気でな。」
翔流「うっす!俺がメダルとったら先生にインタビューとか来ると思うんで覚悟しといてくださいね。」
先生「ああ、楽しみにしてるよ。」

 

 


翔流「さってとー、入学式も終わったしHRも終わった。陸上部はどっこかなーっと。」
駆音「あ。」
翔流「ん?」
駆音「…今陸上部って言った?」
翔流「ああ、探してんだよね。知ってる?」
駆音「今から行くところ。」
翔流「マジ?ラッキー!一緒に連れてってくれよ。」
駆音「いいよ。僕は駆音、君は?」
翔流「俺翔流。お前スリッパの色的に同じ一年だよな?なんで場所知ってんの?」
駆音「僕は推薦だから、入学前から部に参加してるんだ。」
翔流「えーずりぃ。」
駆音「翔流は一般?」
翔流「そ、でも最速の一般だぜ?」
駆音「速いんだ。」
翔流「まぁね、なにせ日本最速を目指してっからな!」
駆音「…西嵐速人を?」
翔流「お、やっぱ知ってんのか。そうそう、いつか絶対ぇ抜かす。」
駆音「じゃあ秒速10メートル出さないと。」
翔流「秒速10メートル?」
駆音「西嵐速人の高校時代の記録、今も誰にも抜かれていないタイムが100メートルを10.01なんだ。」
翔流「あーだから秒速10メートルが出せれば」
駆音「そう、西嵐速人を超えられるということ。」
翔流「いいね、面白そーじゃん。」
駆音「あ、ここだ、陸上部。」
翔流「サンキュー駆音、失礼しまーす。」

SE:扉の開く音

翔流「新入部員の南風翔流っす!」
部長「ああ、一般組は今日からか。全員集まったらミーティングするからちょっと待っててくれ。」
翔流「了解っす。」
部長「お前はグラウンド集合じゃなかったか?」
駆音「道案内です、じゃあね、翔流。」
翔流「おう、またな!」

 

翔流「という感じで俺は無事に部室に着けたというわけだ。」
三崎「アンタが私より先に着いてたからビビったけどそういうわけね。」
翔流「そうそう、でも駆音の奴いねぇんだよな。」
三崎「アンタマジで人の話聞いてないわね。」
翔流「ん?」
三崎「こっちは二軍以下の部員用のグラウンド、一軍や推薦組はメイングラウンドで練習なの。」
翔流「は?マジ?なんで俺一軍の方にいねぇの?」
三崎「なんの結果も残してない新入生がいきなり一軍なわけないでしょうが。」
翔流「えータイムなら俺が最速なのに?」
三崎「声がでかいわよ馬鹿。」
部長「なんだ、今年の一年は威勢がいいな。丁度いい。」
翔流「なんすかなんすか?」
部長「今から新入生のテストをする。いい結果が残せたら即一軍に行かせてやろう。」
翔流「マジっすか?」
部長「ああ、まずは器具が必要なやつからやっていくか、全員倉庫まで駆け足!」
翔流「うぉぉぉテンション上がってきたぁ!」

SE:走る音

 

翔流「嘘だろ……」
三崎「だから言ったでしょ?アンタより速い人がごろごろしてるって。」
翔流「俺が、5位以下?」
三崎「学校のレベル的に十分頑張った方だと思うけどね。私なんて下から数えた方が早い方だし。」
翔流「中学には俺より速い奴いなかったのに…」
三崎「アンタねぇ…さんざん言ったでしょ、世の中にはアンタより速い人がゴロゴロいるって。」
翔流「ここまでとは思ってなかったんだよ、だって二軍だぜ?今日一緒に走ったやつら。」
三崎「一軍にはもっと速い人がいるってことよ。」
翔流「マジかよ…俺が11.35、二軍トップの奴が11.15、それより速い奴がいるのかよ…」
三崎「井の中の蛙なんとやらってやつね、これで思い知ったでしょ、自分の実力。」
翔流「……ねぇ。」
三崎「ん?」
翔流「負けねぇ!俺は!」
三崎「声でか。」
翔流「ここで俺が負けたら皆が負けちまう。」
三崎「皆?」
翔流「わかんないなりに一生懸命教えてくれた先生、俺を速いって期待してくれた中学の皆。あいつらの為にも俺は負けらんねぇのよ!」
三崎「勝手に背負いすぎでしょ。」
翔流「0.2秒差なんてすぐひっくり返してやる!部の奴らに差をつけるために秘密特訓だ!」
三崎「立ち直るのが早すぎるんだけど。」
翔流「というわけで俺は先に帰るぜ、じゃあな!」

SE:走り去る音

三崎「少しはこっちを慰めろ、ばぁーか。」

 

翔流「近くにナイターもやってる運動公園があって助かったな。」
駆音「あれ、翔流?」
翔流「おー駆音、お前も来てたのか、秘密特訓。」
駆音「秘密特訓?」
翔流「いやぁ部の奴ら思ったより速くてさ、出し抜くために多めに練習しようかなって。」
駆音「いいね。」
翔流「っていうか一軍ってどんなもん?二軍であれならめっちゃ速い奴いっぱいいる?」
駆音「皆速いよ。秒速10メートル超えられそうな人はいないけど。」
翔流「おっしゃ、まだチャンスはあるってことだな。」
駆音「前向きだね、翔流は。」
翔流「俯いててもしょうがねぇからな!今は走る!」
駆音「僕はもうちょっとアップしてるから先に走ってていいよ。後で勝負しよう。」
翔流「え?マジ?いいの?」
駆音「一人で走るよりそっちの方が楽しいし。」
翔流「よっしゃ!推薦組の実力、見せてもらうぜっ!んじゃお先っ!」

SE:走り出す音

 

翔流「はぁっ…はぁっ…どうだった?」
駆音「フォームが粗いね、自己流?」
翔流「いや、最強のコーチに教わった、素人だけど。」
駆音「?よくわからないけど加速力は凄い、ただ後半はスピードが落ちた、スタミナ不足。」
翔流「ちゃんと見てやがんなぁ。」
駆音「まだまだだね、でもしっかり練習すればもっと速くなるよ、翔流は。」
翔流「マジ?」
駆音「うん、じゃあちょっと一緒に走ろうか。」
翔流「よっしゃ!絶対負かす!」
駆音「負かす?僕を?」
翔流「当たり前だろ!俺は日本で一番速い男になるんだ!」
駆音「いいね、翔流。すごくいい。」
駆音「それじゃあ、オンユアマークス。」
翔流「……」
駆音「スタート。」

SE:走り出す音

駆音「(やっぱりだ。横から見ていただけじゃわからないこと。すごく速いわけじゃない。けど、誰が相手でも負けないという気迫というか、油断したら一瞬で抜くという熱を背中に感じる。)」

 

翔流「はぁっ…はぁっ…お前っ…速すぎ……」
駆音「はぁっ…はぁっ…思ったより…着いてきたね…」
翔流「目の前に追いかける背中見えてたからな。」
駆音「相手がいた方が速くなるタイプか、いいね。」
翔流「お前バケモンくらい速ぇーのな?」
駆音「……僕なんてまだまだだ。」
翔流「マジかよ、目標が遠すぎる。」
駆音「僕、たまにここで練習してると思うからまた一緒に走ろう。」
翔流「いいのか?俺邪魔になるんじゃ…」
駆音「さっきも言ったけど一人で走るより一緒に走った方が楽しいから。」
翔流「そっか…んじゃ一緒に頑張ろうぜ、秒速10メートル越え。」
駆音「うん、頑張ろう。」

 

翔流「(駆音のやつ、二軍の連中じゃ相手にならないくらい速かった。これが推薦組の、一軍の走りか……俺は勝てるのか?アイツに……いや、勝たねぇとな。)」

 

三崎「最近タイム伸びてるねぇ。」
翔流「秘密特訓してるからな!そろそろ一軍の奴らに追いつくんじゃねーの!」
三崎「ちょーしに乗らない、アンタ以外も皆タイム伸びてんだかんね。」
翔流「半年でで0.36もタイム縮めたんだぜ?伸びしろナンバーワンだろ。」
三崎「確かにそりゃ凄いなーって思うけど…一緒に特訓やってるの駆音くん、だっけ?推薦組の。」
翔流「そうそう。めっちゃ速いしすげーいいやつでさ、アドバイスとかもくれるんだよ。」
三崎「駆音…駆音…。」
翔流「どうした?」
三崎「いや、どっかで聞いたことある気がするような?」
翔流「よくある名前だろ。」
三崎「あるかぁ?」
部長「はい、静かに。今日のミーティングを始めるぞ。近々一軍の連中が大会の予選に出る。二軍の中で観戦に行きたい奴は事前に申請してくれ。」
翔流「一軍の今の実力を見るチャンス!」
三崎「部員のデータは誰でも閲覧可能でしょ?」
翔流「ばっかお前ぇ、生で見ないとわからないこともあるだろう。」
三崎「どうせアンタはデータの見方わかんないだけでしょ…」
部長「申請はこの後マネージャーが受けるから順番にな。以上!今日も励めよ!」
全員「「「お疲れ様でーす!」」」
翔流「よっしゃ、行くぜ三崎。」
三崎「私も行くの決定してるんだ。」
翔流「当たり前だろ?すんませーん、一年の南風翔流、観戦希望っす。」
藤宮「え?あ、君が南風、君?」
翔流「あれ?俺の事知ってる?」
藤宮「あ、いえ…それじゃあここに名前と学年を書いてね。」
翔流「あざます!あんまり見ない顔っすね。」
藤宮「え?わ、私?」
翔流「うん。」
藤宮「私普段は一軍の担当だから。」
翔流「あ、そーなんすねー。よし、できた!」
三崎「すみません、この馬鹿が馴れ馴れしく。」
藤宮「い、いえいえ、大丈夫ですよ。」
三崎「よしっと、じゃあお願いします。」
藤宮「はい、練習頑張ってね。」
翔流「うっす!よっしゃ走るぞー!」

SE:走り去る音

藤宮「えーと、元気いいね?」
三崎「騒がしくてすみません!」

 

 


翔流「やっと短距離走の番きた!」
三崎「さっきまで半分寝そうになってたくせに急に元気になるじゃん。」
翔流「そりゃそうだろ!どんな速いやついんのかなー。」
藤宮「で、データを見る限り、今年はあまり突出した選手はいませんね。」
翔流「そうなん?うちは?やっぱり部長が一番速いの?」
藤宮「い、いえ。うちで一番速いのは」
放送「第一レーン西嵐駆音さん、常藍高校一年。」
藤宮「い、今丁度走る西嵐さんですね。」
翔流「は?駆音?西嵐って……」
藤宮「な、南風さんも短距離走選手ならご存じですよね?西嵐速人選手。」
翔流「いや、そりゃ知ってるけど……え?」
藤宮「か、彼はお父さんに負けず劣らず、速いです。」
三崎「ああ!聞いたことある名前だと思ったら!ウチに来たって噂できいたことある!西嵐速人の息子、西嵐駆音!」
翔流「マジかよ?駆音が?」
藤宮「う、うちに来た時にはもうすでに部内でも飛びぬけて速かったんですよ。」

駆音(西嵐速人の高校時代の記録、今も誰にも抜かれていないタイムが100メートルを10.01なんだ。)
翔流(あーだから秒速10メートルが出せれば)
駆音(そう、西嵐速人を超えられるということ。)

翔流「(あいつ、なんで黙ってたんだよ。)」

SE:銃声

 

三崎「すごかったね、西嵐君。大会新記録だって。」
藤宮「れ、練習よりも全然いい記録です。見ますか?西嵐君のデータ。」
三崎「え、今見られるんですか?」
藤宮「い、一軍のデータはタブレットでリアルタイムに管理してますので。」
三崎「うわぁ、速っ。見なよ翔流、西嵐君のタイム。」
翔流「これが駆音の……」
翔流「(入学した時点で俺よりも0.5も速い…しかも段々差が大きくなってる…俺だってちゃんと練習してるのに、タイム縮めてんのに、こんなんじゃ絶対追い付けねぇ。)」
藤宮「ち、中学の時から同世代ではずっとトップのタイムだったって聞きました。小さいころからお父さんに鍛えられたって。」
翔流「(一緒に走ってたはずなのに俺は全然理解してなかったんだ、あいつの本気の走りを。)」
三崎「英才教育ってやつかぁ。あたしらすんごい人と同じ学校なんだね、翔流。」
翔流「(なんだよそれ。父親が日本最速で?才能もあって?小さいころから一流のトレーニングして?そんなのにどうやって勝つんだよ。)」
三崎「翔流?」
翔流「なんでもねぇよ。」
三崎「?」

 

翔流「(その日から、俺は駆音との秘密特訓に顔を出さなくなった。頭の中ぐちゃぐちゃになって、アイツにあってもどんな顔すればいいかわからなかったからだ。)」

 

翔流「もう一本お願いします!」
三崎「(あの大会で西嵐君を見てから三か月、翔流は伸び悩んでる。昔のアイツならわちゃわちゃ騒ぎ散らして特訓やらなにやら言ってたと思うけど、今のアイツはなにも気にしてないかのように、普段通り練習している。)」
翔流「ここのフォームどうっすかね?」
三崎「(普段通りのはずだ。なのに、なんだろうこの違和感は。)」
翔流「いやぁ先輩にはまだまだ敵わないっすよ。」

SE:足音が近づいてくる

藤宮「ちょ、ちょっと西嵐さん。」
男 「西嵐?一軍がなんでこんなところに?」

SE:足音が止まる音

駆音「ねぇ南風翔流。君は何をしているの?」
翔流「はぁ?みてわかんねぇの?練習だよ練習。」
駆音「練習?これが?」
翔流「なにが言いてぇんだよテメェ。」
駆音「君が今やってるのは言い訳だ。」
翔流「はぁ?」
駆音「僕はこれだけ頑張っているんです、でもこれ以上は速くなれないんですっていうパフォーマンス。」
翔流「な、に…言って」
駆音「今の君からは僕に勝ちたいって言う気持ちが感じられない。背後から迫ってくる鬼気迫る気配、抜かれるかもしれないという焦燥感、ひりつき。そんなものが一切感じられない。」
翔流「そんな、ことは…」
駆音「牙の抜けた獣だ。僕に、西嵐速人に勝つと言っていた君はどこに行った?」
翔流「俺、は…」
駆音「勝ちたいという気持の無いままで走って、一体君はどうしたいんだい?走るのが上手い選手になりたいのか?」
翔流「……」
駆音「もう一度聞くよ。君は何をしているの?」
翔流「…お前に何がわかるって言うんだよ!才能も!実力も!なんにも持ってない人間のなにがお前に!」
駆音「……」
翔流「最速の男の子供に生まれて!才能にあふれてて!小さいころから一流に教わって!そんなお前が俺なんかの気持ちをわかるはずねぇだろ!」

SE:走り去る音

駆音「それはお互い様だよ。」

 

三崎「翔流?」
翔流「……」
三崎「アンタ大丈夫?」
翔流「なにが?」
三崎「何がって……」
翔流「……図星だよ、あいつの言ってたこと。」
三崎「え?」
翔流「俺は諦めちまってたんだ、勝つことを。」
三崎「……」
翔流「笑っちまうよな?勝手に皆に期待されてるって背負いこんで、自分の力が通用しなかったら簡単にへし折れて、しょうがないって、自分には何もなかったからしょうがないって自分に言い聞かせて、へらへら笑って頑張ってるふりして、それでごまかしてた。」
三崎「翔流……」
翔流「期待してくれた皆も、一生懸命教えてくれた先生も裏切って、駆音のこともかってに悪者にして、それで。」
三崎「翔流。」
翔流「俺はもう、はしれ」
三崎「かっちゃん!」
翔流「!」
三崎「馬鹿!大馬鹿!」
翔流「お前…」
三崎「アンタなんか走ることしか能ないクセして、なに逃げようとしてんだ!逃げんな!逃げんな馬鹿!走れよ!もっと速く走れよ!誰にも負けないくらい、速く走れよ!」
翔流「なんで。」
三崎「約束したじゃん!誰よりも速くなるって!じゃあ走れよ!南風翔流!」
翔流「なんでお前が泣いてんだよ。」
三崎「うっさい馬鹿、こっち見んな。」
翔流「ごめん……」

 

翔流(すまねぇ、三崎。俺負けちまった。)
三崎(いいよ、かっちゃん。頑張ってたもん。もうちょっとで勝ててたもん。)
翔流(俺、足速くなるから。誰よりも速くなるから。)
三崎(うん、応援する!ずっと応援する!)

 

藤宮「す、すみません。お時間を取らせてしまって。」
翔流「いや、全然。それより話ってなんすか?」
三崎「西嵐君のことって聞きましたけど。」
藤宮「は、はい。その、最初お会いした時、実は私南風さんのことを知ってたんです。」
翔流「そういやなんか妙な反応だったな。」
藤宮「せ、西嵐さんに頼まれて、君のデータをまとめてたの。」
三崎「なんでコイツのデータなんかを?」
藤宮「わ、わかりません。でも、西嵐さん、南風さんに期待してたみたいで。」
翔流「アイツが俺に?」
藤宮「な、南風さんのタイムが縮まるのを、凄くうれしそうに見てたんです。」
三崎「え、こわ。」
翔流「……」
藤宮「な、なんとなくだけど、西嵐さん、南風さんのことを待ってるんじゃないかなって。」
三崎「待ってる?」
藤宮「い、今の高校生で西嵐さんに並べる人はいません、強豪って言われるうちにも。」
三崎「最速に一番近い高校生、なんて言われてるもんねぇ。」
藤宮「は、はい。競う相手もなく、たった一人で最速に挑み続ける、それはすごく孤独なんじゃないかなって。だから、」
三崎「だから最速になるなんて馬鹿げたことを言うコイツを待ってるって?」
藤宮「わ、私にはそんな風に感じました。」
翔流「……悪ぃ、俺行くわ。」
三崎「ちょっ、どこ行くのよ。」
翔流「ありがとな、藤宮さん。ついでに三崎も。」
三崎「アタシはついでか!」

SE:扉を開ける音

 

駆音「来たね。」
翔流「来た。お前を抜きに来た。」
駆音「今の君には無理だよ。」
翔流「そうかもな、でもやる。」
駆音「そう…アップは?」
翔流「ここまで走ってきたからな、いつでも行けるぜ。」
駆音「じゃあ、オンユアマークス……」
翔流「スタート!!」

駆音「なまり過ぎ。ホントに練習してた?」
翔流「うるせぇ!もう一本!オンユアマークス!」
駆音「……スタート。」

翔流「おい、さっきより背中が近いぞ?」
駆音「負けておいてなんで調子に乗ってるの?」
翔流「びびってんのか?もう一本だ。」
駆音「いいよ、オンユアマークス……」
翔流「…スタート!」

駆音「今スタートちょっとフライングだった。」
翔流「細かっ!勝ってるくせに。」
駆音「あれくらいで僕が負けるわけないだろ。」
翔流「俺だってそんなんで勝ちたくねーわ!ごめんな!オンユアマークス!」
駆音「…スタート。」

翔流「ちょっと疲れが見えてきたんじゃないか?」
駆音「冗談。君よりスタミナはあるよ。」
翔流「上等ぉ!オンユアマークス!」
駆音「……スタート。」

駆音「オンユアマークス。」

翔流「オンユアマークス!」

駆音「オンユアマークス。」

翔流・駆音「「オンユアマークス!」」

 

翔流「はぁっ…はぁっ…何本、走った?」
駆音「はぁっ…はぁっ…十本から、先は数えてない。」
翔流「クソっ!全敗かよ、お前速すぎ。」
駆音「君に負けるわけないだろ。」
翔流「……ごめん、俺お前に酷いこと言った。」
駆音「いいよ、別に。でも、僕も君に謝りたいから早く僕より速くなってくれ。」
翔流「なんだよそれ、普通に謝れよ。」
駆音「負けたら謝るって約束。」

翔流(ぜってぇ勝つ!負けたら謝れよ!)

翔流「あ。」
駆音「やっと思い出した?」
翔流「ああああああああ!お前あの時の!」
駆音「まだ謝れてないんだよ、あの時の事。」
翔流「普通に謝ればいいだろ!回りくどいんだよ!」
駆音「やだ、僕負けてないから。」
翔流「だっる!」

 

SE:歩く音

駆音「翔流。」
翔流「なんだよ。」
駆音「僕は君に負けたかった。」
翔流「謝りたかったからか?」
駆音「それもあるけどね、人生で負けそうになったのは一度だけ。」
翔流「ガキの頃の話だろ。」
駆音「その子供がまた僕に挑戦してきたんだ。期待するだろ。」
翔流「期待が重すぎ。」
駆音「僕は西嵐速人を超えたいって言ったよね。」
翔流「言ってたな。」
駆音「子供の頃から、重荷だった。父の名前も、周りの期待も。」
翔流「……」
駆音「負けられないプレッシャー、ていうのかな?ずっと感じるんだ。僕は言い訳できないから。なにせ才能も、血筋も、環境も全部持って生まれたから。」
翔流「それは……そう、だよな。」
駆音「そんなものなくなればいいってずっと思ってた。だから」
翔流「俺に負けて全部降ろしたかった?」
駆音「多分ね。でも、負けたくないんだよ。君に負けたいのに、負けたくない。」
翔流「いいな、それ。」
駆音「?」
翔流「負けたい奴よりよ?負けたくない奴の方が倒しがいがあるだろ?」
駆音「そうなの?……そうかも。」
翔流「そうだよ!だから絶対ぇ!お前は!俺が負かす!ついでにお前の父ちゃんの記録も俺が超える!」
駆音「いいね。僕は絶対に君に負けない。父の記録も僕が超える。」
翔流「秒速10メートルの壁は。」

翔流「俺が先に超える!」
駆音「僕が先に超える。」

 

放送「さぁ、高校生男子の最速を決める戦いが間もなく始まります。注目選手は二人。同日
   同レースにて共に秒速10メートルの壁を越えた二人。その日同タイムでつかなかった
   二人の決着が、今日つこうとしています!」

審判「オンユアマークス!」

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