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罪喰いⅥ~Episode of sideU~

登場人物:10人 (男:2人 女:1人 不問:7)

・友臣     :不問

・縁      :不問

・佐野江    :不問

・長尾     :不問

・螢      :不問

・役人     :不問​

・男      :男性

・女      :女性

・運転手    :不問

・シン     :男性

縁  「起きろ。飯だぞ。」
友臣 「…。」
縁  「ずいぶんマシな顔になったな。まだまだひょろいけど。」
友臣 「…これは?」
縁  「お前の分。冷めないうちに食べな。」
友臣 「いただきます…もぐもぐ…どうして俺を拾ったんだ。」
縁  「別に、ただの気まぐれだよ。」
友臣 「気まぐれで世話を焼けるほど生活に余裕があるようには見えない。何か目的があるんだろ。」
縁  「可愛くないな。ガキはちょっと馬鹿なぐらいがいい。たとえフリでもね。その方が何かと生きやすい。」
友臣 「俺に何をさせたいんだ。」
縁  「…わかったよ。明日仕事場に連れて行ってやる。そこで話そう。」

 


縁  「承知しました。では、よろしくお願いします。」
友臣 「…話は。」
縁  「そこで待っているといい。そのうち始まる。」
友臣 「?」
男  「おい、来たぞ!」

BGM:ざわざわ

友臣 「(なんだ?急に人が集まって…)」
男  「ひでぇ顔。いい気味だな。」
女  「怖いねぇ。辻斬りの犯人なんだろう?」
友臣 「(犯人…中央で膝をついている奴か。この状況、まるで…)」

SE:足音

友臣 「(!あいつ…)」
縁  「…はっ!」

BGM:ざわざわ止まる


SE:刀で切る音
SE:首が落ちる音
SE:群衆が湧く声フェードアウト

 


縁  「あれが私の仕事だ。いずれ誰かに引き継がせないといけなくてな。」
友臣 「それが俺か。」
縁  「嫌なら出て行ってくれて構わない。」
友臣 「…飯が食えるならなんでもいい。ここを出たって、行く当てはないからな。」
縁  「そうか。明日から教えられることは全部叩き込んでやる。辞めたくなったらいつでも言えよ。おやすみ。」

 


縁  「飯だ。教えてやるから夕飯は一緒に作るぞ。」
友臣 「覚えるのは仕事だけでいい。いただきます。」
縁  「家事も立派な仕事だ。ここで暮らすならせめて手伝いぐらい…」
友臣 「もぐもぐ。ん、うまい。これはなんだ。」
縁  「…メバルの煮つけ。知り合いの漁師にまけてもらったんだ。今度紹介する。それ食べたら稽古だから、8分目にしておけよ。」
友臣 「わかった。もぐもぐ…。」

 


友臣 「…木刀。」
縁  「いきなり真剣振らせるわけないだろう。お前にはそれで十分だ。」
友臣 「あんたは。なんで木刀なんだ。」
縁  「あんたって呼ぶな。仮にも教わる立場だろう。」
友臣 「それならなんて呼べばいい。」
縁  「師匠だ。本名はお前が仕事を継ぐときに教えてやる。そういえばお前、名前は?」
友臣 「本名を隠している奴に教える義理はない。」
縁  「じゃあ勝手に名付けてやる。そうだな…可愛げ梨の輔なんてどうだ?」
友臣 「それなら、あんたは感性梨の輔だな。」
縁  「分かった真面目に考える。うーん……友臣。友に臣民の臣でユウシン。どうだ。」
友臣 「…なんでも。」
縁  「決まりだな。まずは握り方から、私と同じようにやってみろ、友臣。」

 


BGM:海の音

友臣 「ここは…漁港?」
縁  「前に漁師の知り合いがいるって言っただろう。今日はそいつに会いに来た。」
友臣 「人が多いな…あれは外つ国の人間か。」
縁  「よく知ってるな。見たことあるのか。」
友臣 「いいや。父さんがよく話してた。あいつらに卸す品物をかっぱらえば、業者は泣き寝入りするしかなくなるって。」
縁  「それがバレてお縄になったんだろう。」
友臣 「知ってたのか。」
縁  「罪状は把握するようにしているんだ。手にかけるなら尚更。」
友臣 「…知ってて、その子供を弟子にしたのか。悪趣味だな。」
縁  「無駄に処刑するぐらいなら教育した方が有意義だろう。お前に罪はないしな。…佐野江!」
佐野江「ん?おお、縁!なんだそのちっこいの。お前隠し子なんていたのか。」
縁  「弟子だよ。ほら、自己紹介。」
友臣 「友臣、ってこいつが」
縁  「師匠!」
友臣 「…師匠が名付けた。」
佐野江「おおー、弟子か。俺は佐野江、こいつとは腐れ縁なんだ。よろしくな友臣。」
友臣 「ああ。この前のメバル、うまかった。」
佐野江「そうか!今日もいくつか釣れたから、安く卸してやるよ。」
縁  「たまにはご馳走してくれてもいいんだぞ。」
佐野江「馬鹿言えこっちも生活が懸かってんだ。顔見知り全員に馳走してたら俺が飢えちまう。お前みたいに友達が少なければ話は別だけどな。」
縁  「うるさい。余計なこと言ってないで魚もってこい!魚!」
佐野江「がははは。はいよ。」
友臣 「…縁ってあんたのことか。」
縁  「ああ、あだ名だよ。私を知る人はみんなそう呼んでる。…本名だと思ったか?」
友臣 「いや、別に。そこまで興味はない。」
縁  「本当に可愛げがないなお前…。」
佐野江「ほらよ、今日の収穫はこんなもんだ。」
縁  「ほー。カツオにタコ、なかなかいい値が付きそうだ。そうだな、それと、これと…」
友臣 「…。」
佐野江「はいよ!まいど。」
縁  「…次はこいつにお使いさせるから、よろしくしてやってくれ。」
友臣 「は。なんで俺が」
佐野江「おー!いつでも待ってるぞ。じゃあな友臣。」

友臣 「…俺が行く意味ないだろ。」
縁  「あるさ。船が気になったんだろう?次行ったときにでも見せてもらえ。」
友臣 「別に、文字を見てただけで船に興味はない。」
縁  「文字?」
友臣 「名前だろう。たぶん、船の。読めないからわからないけど。」
縁  「!…なら、語学も勉強しないとな。読み書きができるだけで随分生きやすくなる。帰ったら早速やろう。」
友臣 「あんたおせっかいだな。」
縁  「文字が読めないんじゃ仕事にも支障が出る。いつかやることなら早い方がいいだろう?」
友臣 「…はぁ。勝手にしろ。」

BGM:海の音フェードアウト

 


友臣 「今日はどこに行くんだ。」
縁  「仕事仲間にお前を紹介する。ちゃんと挨拶するんだぞ。」
友臣 「はぁ。」
縁  「長尾ーいるかー。」
螢  「縁さま。いらっしゃいませ。」
縁  「おお、螢。会うのは久しぶりだな。少し背、伸びたか。」
螢  「はい!師匠は奥にいらっしゃいますよ。…そちらは?」
縁  「弟子の友臣だ。」
螢  「お弟子さま!初めまして、刀工長尾総一郎の元で修業をおります、螢と申します。」
友臣 「そうか。」
螢  「…え?あの、よろしくお願いします。」
友臣 「ああ。」
螢  「(な、なんだこいつ…!)」
縁  「あまりお喋りが得意じゃなくてな。ははは。仲良くしろよ。私は先に長尾と話してくる。」
螢  「はい!いってらっしゃいませ…。」
友臣 「…。」
螢  「…あの。」
友臣 「なんだ。」
螢  「もう修行は始めているんですか。」
友臣 「まあ。」
螢  「それなら、僕が少し見てあげましょう!未来の相方ですからね。」
友臣 「相方?」
螢  「はい。僕は見習いの刀工として日々研鑽を積んでいるんです。貴方はいつか、僕が打った刀を最初に振るうことになるんですから、それ相応の知識と技術を身に着けてもらわないと。」
友臣 「はぁ。」
螢  「まずはこの刀。何か気づくことはありませんか?」
友臣 「でかいな。」
螢  「そういうことじゃ…おかしな部分があるんですよ。」
友臣 「…やたら反っているな。不良品か?」
螢  「先反りです!直刀しか見たことないんですか!」
友臣 「知らん。座学はまだやってない。」
螢  「え、ああ、そうなんですね。じゃあ実技にしましょう。こちらをどうぞ。」
友臣 「木刀か。最近よく振るっている。」
螢  「おお!では素振りを見せて頂きましょう。」
友臣 「ふん。っと。う、はぁ。」
螢  「…え?」
友臣 「どうだ。」
螢  「いやいやいやいやいやどうだと言われても!ふにゃっふにゃじゃないですか!」
友臣 「だろうな。あいつからも遠回しに向いていないと言われている。」
(縁 「お前は大器晩成型だな。成せばなるぞー。」)
螢  「ええ…座学はからきし、実技も並み以下、じゃあ他に何ができるんですか。」
友臣 「何も。」
螢  「はぁ!?」
友臣 「俺は何もできない。ただ食って、寝るだけだ。」
螢  「そんなの、ただの居候じゃないですか!」
友臣 「そうだが。」
螢  「(そうだが!?こいつ開き直ってやがる!)」
縁  「友臣ー、入って来い。」
友臣 「ああ、今行く。」
螢  「(こんなのが僕の刀を?無理だ無理無理ありえない。刀は刀工が生涯を捧げて作る魂の結晶だ。それをこんなやつに使わせるなんて…!)」
螢  「僕も行く。」
友臣 「なんで。呼ばれてないだろ。」
螢  「素人は黙ってろ僕には大事な義務があるんだ。」
友臣 「は…?」
螢  「失礼します。友臣さまをお連れしました。」
長尾 「おお、君が。私は長尾総一郎。刀鍛冶だ。縁くんには、私の打った刀を試し切りしてもらっている。」
友臣 「どうも。」
長尾 「ふむ。少し失礼。」
友臣 「?なんだ。」
長尾 「話に聞いていた通り筋力が足りないようだ。もっと食わせてやりなさい。それと言葉遣いは直すように。このままだと役人どもに目をつけられるよ。」
縁  「はは。こいつが継ぐのは随分先の話だ。それまでにはどうにかする。」
長尾 「縁くんはそのつもりかもしれないがね。…君はなぜ、彼のもとにいる。それは自分の意思かね?」
友臣 「いや。でも、俺には他に行き場がない。だったら、ここでできることをやるしかないだろ。」
長尾 「ふむ。その言葉、よく覚えておくといい。いつか君の課題になるだろう。」
友臣 「?」
螢  「師匠、失礼ですが課題ならすでに山ほどあります。縁さまもお気づきになられているそうですね。」
縁  「え、あー……まあ。誰しも向き不向きはあるしな。人より時間はかかるかもしれないが、ちゃんと叩き込むよ。」
螢  「縁さまがそのつもりでも、本人にやる気がなければ意味はないのです。先程も、彼は自身が何もできないことを開き直って話していました。」
長尾 「何が言いたいのかね。」
螢  「他を当たるべきです!素質のない人間に継がせるなんて、非効率的ではありませんか。」
縁  「螢、悪いがそれは…」
長尾 「なら、君が鍛えてみせなさい。螢。」
螢  「はい?」
長尾 「何も玉鋼を鍛えるだけが刀工の役割ではない。君が手ずから彼を鍛えて、使えるようにすればいい。」
螢  「え、そんな…。」
長尾 「できるね?螢。」
螢  「う…はい、師匠。」
縁  「そいつは助かる。四六時中こいつを見てやるわけにもいかないからね。よろしく頼むよ、螢。」
螢  「縁さま…!はい。僕にお任せください!」
友臣 「うるさいのが増えたな…。」
螢  「何か言ったか?」
友臣 「いや、別に。」

 


BGM:海の音

友臣 「…っていうことがあった。」
佐野江「楽しそうでいいじゃねぇか。その友達、今度連れて来いよ。」
友臣 「あいつは友達じゃない…と思う。いたことないからわからないけど。」
佐野江「ほー。じゃあ縁のことはどう思ってるんだ?」
友臣 「師匠だろ。他に何がある。」
佐野江「がははは!まあそうだよな。…友臣、お前自分の名前書けるか?」
友臣 「ああ。最初に習った。」
佐野江「これに書いてみろ。」
友臣 「ん……できた。」
佐野江「あー、やっぱりな。わかりやすいんだよあいつ。」
友臣 「?」
佐野江「名前の意味、考えたことあるか?」
友臣 「いや、ないな。」
佐野江「ユウはそのまま友って意味だ。シンは仕えてるやつや陰で支えるやつのことを指す。つまり友臣は、自分を支えてくれる友達、って意味になるな。」
友臣 「…は?」
佐野江「まあ、名前なんてのは、付けるやつの勝手な願望にすぎねぇ。その通りになるとはあいつも思ってないだろうよ。ただ、あいつなりに大事にしようとしてるのは見て取れるな。」
友臣 「…。」
佐野江「どうした?友臣。」
友臣 「…気持ち悪い。」
佐野江「え、酔ったのか!待ってろすぐ港に戻るからな!とりあえず寝とけ!」

 

BGM:海の音フェードアウト

 


友臣 「…ん。」
縁  「起きたか。気分はどうだ?」
友臣 「……家?」
縁  「佐野江がお前を運んだんだよ。船で酔ったんだって?」
友臣 「ああ。でも風が気持ちよかった。」
縁  「そうか。よかったな。」
友臣 「…あんたは、俺にどうなって欲しいんだ。」
縁  「ん?なんだいきなり。」
友臣 「俺はたぶん、あんたの望むような跡継ぎにはなれない。わかってるだろ。」
縁  「…私は、お前にこの先、生きていけるだけの力があれば、それでいいと思ってる。跡を継ぐかどうかはまた別の話だ。」
友臣 「…。」
縁  「明日も螢に稽古をつけてもらうんだろう?ゆっくり休めよ。おやすみ。」
友臣 「…ああ。」

 


螢  「──臣、友臣!いつまで寝ているつもりだ!」
友臣 「…うるさい。」
螢  「やっと起きたな。稽古まであと半刻だ。急いで支度しろ。」
友臣 「(今のは…昔の夢か。)」
友臣 「縁は。」
螢  「会合のために家を空けると仰っていただろ。寝ぼけてるのか?」
友臣 「そうだったな。」
螢  「縁さまはこのところ多忙だ。面倒をかけないように少しは自分で…」
友臣 「む、米がない。朝餉は干いかにするか。」
螢  「だああああもう言ってる傍から!味噌汁ぐらい作れ!魚を焼け!塩漬けしてあるだろ!」
友臣 「家事は専門外だ。」
螢  「こいつ…!座ってろ。ついでにそれ読んどけ。」
友臣 「瓦版か。」
螢  「噂話程度だが、情勢について色々書かれてる。頭に入れておけ。」
友臣 「ああ。」
友臣 「(放火未遂の浪人、宣教師との繋がり発覚…都の仕置役川田家当主、急病か…結核治療薬の製造に滞り…)」
螢  「読みながら寝るなよ。寝てたらシバくからな……なんだよ。」
友臣 「たくあんをつまみたいんだが。」
螢  「それぐらい自分で出せ!」

 


縁  「統一化…?わざわざ都まで罪人を送るのか。」
役人 「お上がそうしろと。」
縁  「ここからどれだけかかると思ってる。移動だってただじゃないんだぞ。人員を割かれればこちらの治安維持に支障が」
役人 「承知の上だろう。罪人は引き渡され、刑の執行は当主によって行われる。これは決定事項だ。」
縁  「…はぁ。本題は何だ。まさかその報告のために集めたんじゃないだろう。」
役人 「貴様の処遇について、お上からの通達だ。目を通せ。」
縁  「!これは…」

 


螢  「そこまで!休憩だ。」
友臣 「ふぅ…。」
螢  「まだ振りが甘い。昔と比べてマシにはなったがな。」
友臣 「そうか。」
螢  「このあとは自主練にする。ちゃんと励めよ。」
友臣 「用事でもあるのか。」
螢  「商談だ。うまくいけば正式に注文を受けられるかもしれない。僕の初仕事だ。」
友臣 「そうか。頑張れよ。」
螢  「お前もな。」
友臣 「当分俺の出番はない。あいつで事足りてるからな。」
螢  「あのなぁ…僕の刀が鍛え上がるまでに、なんとかして仕上げろ!そしたら、仕事を回してやらんこともない。じゃあな!」
友臣 「……もう一回、やるか。」

 


BGM:海の音

佐野江「縁。こんな時間に珍しいな。」
縁  「まあね。」
佐野江「やつれてるぞ。また無理してるんじゃねぇのか?」
縁  「…佐野江、頼みがある。」
佐野江「なんだよ、真面目な顔して。」
縁  「友臣の面倒を見てくれないか。」
佐野江「は?どうした急に。」
縁  「すぐにとは言わない。いつか私がいなくなったら、友臣のことを頼みたい。」
佐野江「んなこと言われても…あいつだってもう大人だ。自立できるだろ。」
縁  「そのときになればわかる。頼んだぞ。」
佐野江「おい待て、なにがあった。訳ぐらい話せ!」
縁  「…口外するなよ。」
佐野江「なんだこの紙。」
縁  「お上から私宛の通達だ。」
佐野江「都の仕置役人として登用…って栄転じゃねぇか!なんで隠してたんだよ。水くせぇな。これなら友臣だって喜んでお前を」
縁  「断ろうと思う。」
佐野江「……は?」
縁  「私は、都で働くつもりはない。お上とは方針が合わないんでね。」
佐野江「何言ってんだ。そんなことしたらお前…」
縁  「殺されるだろうな。仕事とはいえ、今まで何人もの罪人を殺めてきたんだ。『命令に背いたらただじゃおかないぞ』ってそこにも書いてある。」
佐野江「だったら尚更、断る理由なんかねぇだろ。何が気に食わない?」
縁  「都の仕置役、川田家が武家でもないのに栄えているのはなぜか、知ってるか。」
佐野江「刀の鑑定と試し切り。あと薬作ってるんだろ。」
縁  「その通り、私はそれが気に食わない。」
佐野江「はぁ?」
縁  「私は遺体に対して、等しく敬意を払うべきだと考えている。それが罪人だったとしても、同じことだ。何度も切り付けた挙句、薬にして売りさばくなんてとてもできない。」
佐野江「そりゃあ…考え方の問題だ。試し切りをしなけりゃ、罪人を一瞬で楽にしてやれないかもしれねぇ。薬だって、誰かを救う手助けになるんだ。そんな悪いもんでもないだろ。実際、罪人のために寺が建てられてる。」
縁  「そう、考え方の問題なんだよ。私の考えと相容れなかった、それだけだ。」
佐野江「お前……なんでそんな意固地になってんだよ。おかしいぞ。」
縁  「ああ。お前もよく知ってるだろう?だから友達がいない。」
佐野江「あのなぁ。俺は真剣に」
縁  「頼んだぞ。佐野江。」
佐野江「おい、縁。おい!……くそっ。」

 

BGM:海の音フェードアウト

 


友臣 「遅かったな。」
縁  「会合が長引いてね、まったく骨が折れる。…夕餉は簡単なものでいいか?」
友臣 「もう済ませた。あんたも勝手に食えよ。」
縁  「そうか……大きくなったな、お前。」
友臣 「は。」
縁  「昔はあんなに小さかったのに。小さくて、小生意気な豆粒みたいで…可愛かったなぁ!」
友臣 「先に寝る。」
縁  「冗談だ。半分ぐらいな。」
友臣 「…。」
縁  「…友臣。お前は何になりたい。」
友臣 「……何も。俺はやるべきことをやるだけだ。」
縁  「お前を縛るすべてがなくなって、どこへでも行けるとしたら、何がしたい?」
友臣 「俺は何も望まない。くだらないこと言ってないで、あんたも早く寝ろ。」
縁  「…そうか。おやすみ。」
友臣 「……。」

 

 

SE:砂利の上を歩く音

長尾 「む、誰かねこんな時間に…友臣。」
友臣 「螢は。」
長尾 「まだ休んでいるよ。何か用かね。」
友臣 「今日の稽古は中止だ。用事ができた。」
長尾 「そうか。伝えておこう。」
友臣 「…昨日、縁はここに来たか?」
長尾 「いいや、このところ会っていないよ。どうしてそんなことを?」
友臣 「別に、気になっただけだ。じゃあな。」
長尾 「…。」
螢  「…あれぇ、師匠?早いですね。」
長尾 「おはよう、螢。今日は私も、一緒に縁くんの家へ行くよ。」
螢  「え!?は、はい!すぐに支度します!」

 


BGM:海の音

友臣 「(この時間ならまだ…いた。)」
友臣 「佐野江。」
佐野江「ん?おお、友臣。早いな。」
友臣 「縁と何があった。」
佐野江「な…なんだよ急に。あいつがどうかしたのか。」
友臣 「昨日から様子がおかしい。あんたなら原因を知ってるだろ。」
佐野江「それは…」
(縁 「…口外するなよ。」)
佐野江「…仕事で色々あったんだと。それで精神的にちょっと参ってるっていうか…なんかそんな雰囲気だった。でもな、俺は愚痴られただけで、詳しいことは知らねぇんだよ。」
友臣 「…そうか。本当に佐野江の元へ来ていたんだな。」
佐野江「は?お前知ってて聞いたんじゃ…」
友臣 「いや、鎌をかけただけだ。」
佐野江「おいおい、どこで覚えたんだ!あいつの影響か?」
友臣 「かもな。縁は何か言っていたか。」
佐野江「……いいや。」
友臣 「そうか。また来る。」
佐野江「ああ…………友臣!」
友臣 「?」
佐野江「当てにしてくれてありがとな。また何かあったら俺を頼れ。」
友臣 「…ああ。」

BGM:海の音フェードアウト

 


螢  「まさか友臣もいないとは…」
長尾 「急用ができたと言っていたからね。仕方がない。…失礼、そこの御仁。少しお尋ねしたいことが…」
螢  「(…昨日の稽古の後、きちんと自主練に励んでいたから少しは成長しているのかと思っていたが…何なんだあいつは!結局昔のまま、なんとなくで稽古を続けているのか?まったく腹立たしい…)」
長尾 「螢、縁くんはもう帰ってしまったそうだ。入れ違いかね。」
螢  「では、縁さまのご自宅へ戻りましょうか。」
長尾 「いや…ついてきなさい。たぶんあそこだろう。」

 


螢  「この道って…あの、師匠。なぜ自宅に?縁さまはもうよいのですか?」
長尾 「ここに来ているのではないかと思ったんだよ。ただの勘だがね。」
螢  「なるほど。」

SE:戸を開ける音

長尾 「ほら、いた。」
縁  「私が来ることを知っていたかのような口だな。」
螢  「おはようございます!縁さま。」
縁  「おはよう、螢。」
長尾 「無断で人の家に上がっておいて何を言っているんだ。」
縁  「ははは。そうだな、悪かった。」
長尾 「…螢、茶を淹れてきなさい。」
螢  「はい。失礼します。」
縁  「気を遣わなくてもいいんだぞ。」
長尾 「私が飲みたかったんだ。それで、話は?」
縁  「…暫く、家を空けようと思う。」
長尾 「ふむ…友臣は、どうするつもりなのかね。」
縁  「腐れ縁の漁師に頼んだよ。お前には家の管理を任せたい。」
長尾 「構わないよ。そう遠くないうちに戻って来るんだろう?」
縁  「……。」
長尾 「…何かあったのかね。今朝方、友臣が私を訪ねてきた。君の様子がおかしい、とね。」
縁  「鋭いな、あいつ。」
長尾 「話す気がないというなら、それはそれで構わないがね。あの子にだけはきちんと伝えるべきだ。それが君の責任だろう。」
縁  「…いいや、あいつが知る必要はない。どのみち私は、もうあの家に居られないからね。」
長尾 「それはどういう…」
縁  「辞令だよ。今まで世話になったね、長尾。」

螢  「(さて、いつ入ったものか。きっと折り入って話をされている。しかしこのままでは茶が…仕方ない。少し様子を…)」
縁  「いや、都に行くつもりはないよ。」
長尾 「断ると?君は死ぬつもりなのかね。」
縁  「ははは。まあ、上とは方針が合わないんだ。しょうがない。」
螢  「(…は?今、なんて。)」
長尾 「呆れたよ。君の意固地は今に始まった話じゃないが…いや、そうか。友臣のことだね?栄転すれば、友臣の存在は上にとって汚点となる。だから君は」
縁  「私の矜持を守るためだ。それ以上でも以下でもない。」
長尾 「しらを切るつもりかね。それであの子が喜ぶとでも?」
縁  「あいつにも巣立ちの時が来たってだけだ。…あいつが望むなら、また相手をしてやってくれ。これは友人としての頼みだ。」
長尾 「縁。それで私が納得すると…」

SE:茶器を置く音
SE:家の中で走り去る音

長尾 「!」
縁  「なんだ今の音…茶?……っ!まさか、螢!」

 


友臣 「(何も得られず終い、か。佐野江の様子からして、あいつが何らかの話をしたのは間違いないだろうが…直接聞いたところで、素直に答えるとは思えないな。)」
友臣 「腹が減った…ついでに何か買ってくるべきだったか。」
螢  「…臣!友臣!いるか!」
友臣 「螢?…。」
螢  「いるなら返事してくれ!友臣!」
友臣 「……なんだ。喧しいぞ。」
螢  「お前っ!いるならさっさと返事しろ!っはぁ、はぁ…無駄に疲れた。」
友臣 「走って来たのか。何の用だ。」
螢  「先ほど縁さまがいらっしゃった。それで、辞令の話を…」
友臣 「辞令?なんのことだ。」
螢  「やっぱり聞かされてなかったか。僕も詳しいことは分からない。だが、このままだと…縁さまが殺されるかもしれない。」

螢  「急げ!へばってる暇はないぞ!」
友臣 「っ分かってる。っはぁ、はぁ…。」
螢  「っはぁ。はぁ…縁さま!」

SE:戸を開ける音

友臣 「…はぁ、は……いないのか。」
螢  「いや、ここで師匠と話していたはず。師匠!どちらにいらっしゃいますか。師匠!」
長尾 「螢。ここだ。」
螢  「師匠!?一体何が。」
友臣 「縄を解くぞ。何か切るものは。」
螢  「あ、ああ。すぐに持ってくる。」
長尾 「…すまない、友臣。縁くんに逃げられた。」
友臣 「この縄はあいつが?」
長尾 「ああ、さすがに手際がいいね。掴んだが最後、返り討ちに遭ってしまった。」
友臣 「どちらの方向に行った。」
長尾 「おそらく、役場に向かったんだろう。早く追いかけなさい。」
友臣 「ああ。悪いな。」

 


役人 「遅かったな。準備は出来たか。」
縁  「…ああ。」
役人 「本当に受ける気はないんだな?今ならまだ聞き入れるぞ。」
縁  「まさか。私はここで生きて、死ぬよ。」
役人 「…後任の件、結局どうなった。」
縁  「ああ、それなら」
友臣 「っおい!縁!」
縁  「友臣。なんでここに。」
友臣 「はぁ…っはぁ……話が、ある。」
役人 「貴様、準備は終わったんじゃなかったのか。」
縁  「…悪い、もう少しだけ待ってもらえるか。」
役人 「いざこざを役場に持ち込むな。やるなら外でやれ。」
縁  「ありがとう。行くぞ、友臣。」

 


縁  「…どこまで聞いた。」
友臣 「さあな。いいから全部話せ。」
縁  「全部、か……なあ、友臣。前に聞いたよな。『何になりたい』って。」
友臣 「おい、はぐらかすな。俺はあんたの話を…」
縁  「私はお前に、自由に生きて欲しいんだ。」
友臣 「…は?」
縁  「今まで修行とか何とか言って色々教えてきたが…実のところ、本気でこの仕事を引き継いでもらおうとは思っていない。」
友臣 「なんだ、それは。」
縁  「もちろんお前が、どうしてもこの仕事をやりたいと言うなら引き継ごう。でももし、他に生きたい道があるのなら…私はそれを尊重したい。」
友臣 「あるわけないだろう、そんなの。あんたに引き取られてからずっと、これしかやってこなかったんだ。」
縁  「色々やってきたさ。佐野江に会って、船に乗ったな。長尾と螢には刀や作法について教えてもらった。文字だって覚えただろう?繋がった人の数こそ少ないけれど、お前はちゃんと、世界に触れているんだよ。」
友臣 「…わからない。そんなこと、考えたこともない。」
縁  「だろうな。今はそれでいい。これからじっくり考えてくれ。」
友臣 「あんたは。これからどうなる。」
縁  「いやぁ、生涯現役のつもりだったんだが…そう上手くはいかないな。辞令が下りたんだ。都で働かないならただじゃおかないぞって。」
友臣 「行く気はないのか。」
縁  「もちろん。上のやり方には賛同できないんでね。」
友臣 「…本当にそれだけか。俺の存在が重荷になっているなら」
縁  「思いあがるなよ。確かに友臣のことは大切だが、それだけだ。私は私の矜持のために、この選択をしたんだよ。」
友臣 「…。」
縁  「話を戻そう。知っての通り、私は人殺しでね。仕事とはいえ、たくさんの罪人を斬首してきた大罪人だ。つまり、上の指示に逆らおうものなら…即座に首が飛ぶ。」
友臣 「避けられないんだな。」
縁  「そういうことだ。」
友臣 「…俺は、あんたの弟子になれているか。」
縁  「なんだ、藪から棒に。褒めて欲しいのか?」
友臣 「茶化すな。答えろ。」
縁  「ふふ。そうだな…友臣。お前は私の、弟子で、友で、大切な存在だ。血のつながりこそないけれど、家族、そう言って差し支えないと思っている。お前がこの先どんな道を歩んだとしても、これは未来永劫変わらない。」
友臣 「…そうか。だったら……俺にやらせろ。あんたの首を落として、罪を引き継ぐ。それが俺の役目だろう。」
縁  「友臣…そうか。そうか…はは、ははは!」
友臣 「何がおかしい。」
縁  「お前、私のことが大好きなんだなぁ!」
友臣 「は。何か曲解してないか。俺は真剣に」
縁  「悪い悪い。いや、愛されているなと思って。嬉しかったんだ。」
友臣 「はぁ。」
縁  「お前のやりたいことが聞けてよかったよ。ただ…そうだな、やり方は変えさせてほしい。」
友臣 「なんだ、やり方って。」
縁  「私の首を落とすのはなしだ。その覚悟だけで、十分だよ。」
友臣 「なぜだ。弟子だって認めただろう。」
縁  「ああ。お前は弟子であり、友であり…かけがえのない大切な存在だ。そんなやつに、人殺しなんてしてほしくないんだよ。」
友臣 「!……俺にできることは、もう何もないのか。」
縁  「十分だ。お前のおかげで心が軽くなった。ありがとう、友臣。」
友臣 「…。」
縁  「友臣、私はお前の、師匠になれていたか?」
友臣 「…さあな。でも、あんたと過ごす日々は嫌いじゃない。」
縁  「!…そうか。」

SE:立ち上がる音

縁  「ちゃんと飯食えよ。じゃあな、友臣。」
友臣 「っ……ああ。ありがとう、師匠。」

 


SE:ノック音(古い玄関)

SE:戸を開ける音

友臣 「誰だ。」
役人 「遺品だ。受け取れ。」
友臣 「あんた、役場の…。」
役人 「口の利き方を習わなかったのか?…まあいい。貴様、縁の跡を継ぐ気がないなら今すぐこの国を出ろ。」
友臣 「どういうことだ。」
役人 「縁が死んで、抑止力がなくなったんだ。仕置人にならないなら、元処刑対象の貴様を生かしておく価値がない。上はそう判断した。」
友臣 「なぜそれを俺に?密告じゃないのか。」
役人 「さあな。どこかの誰かと同じ、ただの気まぐれだ。失礼する。」

 

SE:歩く音フェードアウト

 


螢  「は?跡を継がない!?」
友臣 「ああ。」
螢  「ああ、ってお前…自分が何言ってるかわかってるのか!?」
友臣 「やるべきことを見つけた。それだけだ。」
螢  「縁さまの築き上げてきたものを全部ふいにするってことだぞ。お前それでも」
友臣 「今まで世話になったな。あと、襲名おめでとう。」
螢  「話を逸らすな!」
長尾 「本当に貰ってしまってよかったのかね?あの家、売ればそこそこの金額になると思うが…」
友臣 「俺には必要ない。そもそも、あいつから家を託されたのはあんただ。好きにしてくれ。」
長尾 「ふむ。それなら、有効活用させてもらおう。ほら螢、お礼を言いなさい。」
螢  「な、はい……お前の戻ってくる場所なんてないからな。後悔するなよ。」
友臣 「後悔しない。戻る気はないからな。」
螢  「こいつ…!」
長尾 「どうどう。気をつけて行くんだよ。くれぐれも怪我のないように。」
友臣 「ああ。ありがとう、世話になった。」

 


BGM:海の音

佐野江「…友臣。買い物か?」
友臣 「いや、この国を出ることにした。力を貸してくれるか。」
佐野江「!ああ、そうか……わかった。ついてこい。」

佐野江「懐かしいなぁ。昔一度だけ船に乗せたことがあったろ。覚えてるか?」
友臣 「ああ。途中から記憶がない。」
佐野江「がはは!そりゃそうだ。あのころと比べると、随分大人になったなぁ…相変わらず船には弱いみてぇだが。」
友臣 「ああ…。」
佐野江「…これからどこに向かうんだ?」
友臣 「さあな。ひとまず国外に…国外って何があるんだ。」
佐野江「おいおい大丈夫かよ。」
友臣 「そういうあんたこそ大丈夫なのか。密航ってやつだろこれ。」
佐野江「まぁ、バレたらお縄だな!がはは!」
友臣 「笑い事じゃないだろ。」
佐野江「大丈夫だ。こちとら海の男だぞ?そんじょそこらの役人に見つかるようなヘマはしねぇ。」
友臣 「心強いな。」
佐野江「そうだろ?…あー、そういや、名前はどうするんだ?さっきの話だと、罪人扱いで指名手配中なんだろ。国外とはいえ、用心した方がいいんじゃねぇのか。」
友臣 「そうだな。考えておく。」
佐野江「俺の名前使うか?かっこいいぞぉ佐野江。」
友臣 「遠慮しておく。…あれは、対岸か?」
佐野江「貿易島だな。あそこから船に乗れる。できるだけ近くにとめてやるから、うまいこと忍び込めよ?」
友臣 「ああ、助かる。」

佐野江「よし。気をつけて行けよ!命大事にな。」
友臣 「ああ、世話になったな、佐野江。」
佐野江「おお!こちらこそありがとうな。友臣。」

 

BGM:海の音(遠め)
SE:船の音

友臣 「(思っていたよりも簡単に入れたな。少し狭いが…限界だ。横になるか。)」
友臣 「(…これから何をしよう。世界を旅して、俺は……俺のやり方で、あいつの想いを引き継ぎたい。師匠であり、友だった。あいつがいたこと、してきたことを、忘れないように。だから、俺は…)」

 

BGM:海の音フェードアウト


SE:馬車の音

運転手「お客さん。もうすぐ着きますよ。お客さん。」
シン 「…ん、ああ。そうか。」
運転手「大丈夫ですか?ずーっとぼんやりしてましたよ。」
シン 「昔のことを思い出していた。」
運転手「そうですか。酔ってないならいいんですけど…っと。着きました。お代はそこに置いておいてください。」
シン 「ああ。」
運転手「それにしても、こんな辺境に何の用が?帰省とか?」
シン 「いや、仕事だ。」
運転手「お仕事?一体何の…ああ、行っちゃた。」

シン 「失礼する。依頼で来たものだが、この住所はここで合っているか。」
シン 「…そうか。俺はシン。故人の罪を喰らい、引き受ける者。罪喰いだ。」

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