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​書は人。

登場人物:3人(男:2人 不問:1)

・柿本 …男性

・本渡夜凪  …不問

・父親 …男性

本渡「文字ってね、その人の人となりが出るんだよ。知ってた?」
柿本「……何の話すか?」
本渡「学校に行ってた時、国語の授業で先生が言ってたんだ。ほら、封筒の字、綺麗でしょ。優しくて、すごく温かい。大事な友達がいつも送ってくれるんだ。」
柿本「へぇ、確かに。いい友達っすね。」
本渡「うん。お兄さんも、いつも届けてくれてありがとう。」
柿本「仕事なんで当然すよ。それじゃ。」
本渡「お仕事がんばって。気を付けてね。」


SE:バイクの走行音


柿本「気を付けてね、か。」
柿本「(配達を始めて早一年。民家の少ないこの地域で、配達先を覚えるのはそう難しい事じゃない。当然見渡しの悪い道も、舗装されていない道も知ってる。だからこそ油断するなってことなんだろう。)」
柿本「(少年の名は本渡。封筒に『なぎくんへ』と書いてあったから、たぶん下の名前は『なぎ』とか『なぎさ』。いつだったか、配達で訪れたときに会って以来、話をするようになった。なんでもない、ありふれた日常の話。気の利いた返しもできないのに、それでもあの子はとても楽しそうに話すから、きっと日々退屈しているんだろうと思った。少しだけ、俺と似ているような気がした。)」

 


SE:バイクの停車音


柿本「(明日は朝から2コマ、昼食べて喫茶店のバイトして、配達して、夜はカラオケでバイト……レポートは昼食べながらやるか。どうせなら喫茶店のまかないで……)」
柿本「……ん、なんだこれ。レターパック?どうしてこんなところに……はっ!」
柿本「(配達し忘れてたああああああ!)」

 

BGM:喫茶店がやがや


柿本「(昨日はひどい目にあったな。あのあと配達中に雨降って来たし、夕飯買い忘れるし、冷蔵庫に何もないし、洗顔クリームと間違えて歯磨き粉で顔洗うし、洗濯物取り込み忘れてたし……元はと言えば配達し忘れた俺が悪いんだけど。)」
柿本「(やめやめ!切り替えて接客に集中しないと。)」
柿本「いらっしゃいませ。ご注文お決まりですか?」
本渡「あれ?配達のお兄さん?」
柿本「え、あれ、本渡さんちの……」
父親「夜凪、知り合いか。」
本渡「いつも手紙を届けてくれるんだよ。この人、うちのお父さん。初めて会うかな。」
柿本「っす。どうも。」
父親「息子に年上の知り合いがいたとは。夜凪の父です。お世話になってます。」
柿本「いや、そんな……ご注文どうしますか。」
父親「私は珈琲をブラックで。夜凪はどうする。」
本渡「ダークモカチップフラテチーノ。ショートで。」
柿本「珈琲とダークモカチップフラテチーノっすね。あちらでお待ちください。」
父親「先に席を……そこの壁際の席にしよう。一人で歩けるか?」
本渡「近いし、大丈夫だよ。待ってるね。」

柿本「(びっくりした。こんなところで会うとは……名前、夜凪って言うんだな。ええと、ダークモカチップフラテチーノのショート……)」
(本渡「文字ってね、その人の人となりが出るんだよ。知ってた?」)
柿本「(……丁寧に書くか。)」

SE:マーカーで書く音

柿本「(つい、ウサギのイラストまで描いてしまった……)」
柿本「お待たせいたしました。珈琲とダークモカチップフラテチーノショートです。」
父親「ありがとうございます……これは?」
柿本「おまけというか……出来心っす。すみません。あ、やっぱり普通ので作り直します。」
父親「いえ、責めるつもりではなくて。息子も喜ぶと思います。ありがとうございます。」
柿本「え……あ、ありがとうございました!」
柿本「(そのあと、彼らはまったりと談笑して帰っていった。父親はずっと頷いているだけのように見えたけど、とても優しい目であの子の話を聞いていた。帰るときには手を繋いでいて、不器用ながらも優しい父親なんだろうと思った。)」


BGM:フェードアウト

 


SE:バイクの停車音


柿本「(あんまり気にしたことなかったけど、もしかして日中は家に一人なのか……?)」
柿本「(いつも出てくるのはあの子だし……いや、本来出てくる必要はないんだけど。バイクの音で気づくのか律義に玄関まで来てくれるんだよな。あの子が誰かと話したいってだけかもしれないけど。)」
柿本「……?」
柿本「(来ないな。そういう日もあるか……あれ、郵便受けどこだっけ。)」
柿本「(いつも手渡しだったから忘れたな。玄関扉……にはないから横か?いや、門の裏に……)」
本渡「あ、いらっしゃい……ありがとう。」
柿本「なんだ、いたんすね。」
本渡「気づくの遅れたね。ごめん。何してたの?」
柿本「いや、その……ずっと手渡しだったから郵便受けどこか忘れちゃって。」
本渡「そっか、探してたんだ。郵便受けはね、ここ。わかりにくいよね。」
柿本「壁?あ、そうだ一体型。思い出した。」
本渡「もっとわかりやすいのにしようよって言ってるんだけどね。お父さんはこれがいいんだって。手紙、ありがとう。このあとも配達?」
柿本「いや、今日はここで最後っすね。試験近いんで、配達自体、明日から暫く休む予定なんすよ。」
本渡「そっか……試験頑張って。休憩するときチョコ食べるといいよ。集中力上がるんだってさ。あ、でもチョコだけじゃダメだから、ちゃんとご飯食べてね。」
柿本「分かってますよ。君こそ、ちゃんと食べてくださいね。なんか前より痩せたっぽく見えるんで。」
本渡「運動してないからかなぁ。気をつけるよ、ありがとう。」
柿本「っす。じゃあまた。」
本渡「うん、またね。」


柿本「(それから俺は勉強に励んだ。合間にチョコレートを食べつつ、カラオケのバイトは続けつつ。結果はそこそこで、特に何か目標があるわけでもないけれど、少しだけ未来に向けて前進できたような気がした。それぐらい、大学生活において単位を取得するっていうのは重要なことなのかもしれない。肩の荷も降り、バイト漬け生活に戻る頃には既に春休みを迎えていた。)」

 


SE:バイクの停車音


柿本「(この家に来るのも久しぶりだな。)」
柿本「(あの子は学校に行けるようになったんだろうか。どうして学校に行かないのか、詳しい話は聞いたことがない。あの子も話そうとはしないからあまり気にしていなかったけれど、ここまで長期的に休んでいると心配にもなる。)」
柿本「(俺が知らないだけで、本当は週に何日か学校に行ってるのかも……でも前に、『学校に行ってた時、授業で~』って言ってたような。)」
柿本「(本人が楽しく過ごせているならそれでいいと俺は思う。でも文通をする友人がいて、人と話すのが好きで、思いやりがあって……そんな子が学校に行かない理由は一体何だろう。どうしてあの子はずっと家にいるんだろう。)」
父親「あの時の、店員の方。」
柿本「あ、どうも。これ届けに来ました。」
父親「ありがとうございます。」
柿本「あの……夜凪さんは?」
父親「息子から何も聞いていないんですか。」
柿本「え、ああ。試験でずっとバイト休んでて、今日久々に来たんす。」
父親「そうですか……息子は部屋で寝ています。調子が、あまり。」
柿本「そっすか……お大事に。早くよくなるといいっすね。」
父親「……はい。息子に何か伝えたいことがあればこちらに。私の連絡先です。おそらく出られないのでメッセージを残して頂ければ息子にそのまま聞かせます。」
柿本「あざす。じゃあ、これで。失礼します。」

 


SE:ベッドに横たわる音


柿本「(連絡先……もらっても、俺から伝えられることなんて何もないんだよな。いつもあの子の話を聞いていただけで、何も……聞きたいことはある。でもそれはきっと、面白い話じゃない。)」
柿本「字、綺麗だな。人となりが出るって言ってたけどまさにその通りだ。」
柿本「(まとまっていて読みやすいけれど、決して無機質じゃない。優しくて、温かな字。優しいあの子によく似ている。いや、あの子が父親に似てるのか……あれ?)」
柿本「この字、どこかで……」

 


SE:走ってくる音


柿本「っはあ、はあ……ごめんください!」
柿本「はあ、っはあ……っは……はぁ……。」

SE:ドア開く

父親「……あなたは配達の。どうされたんですか。」
柿本「あ、あの、これ。」
父親「昼に渡した……繋がりませんでしたか。」
柿本「そうじゃなくて。これ書いたの、お父さんすよね。」
父親「はい。目の前で書きましたね。」
柿本「これとそっくりな字を見たことがあるんす。あの子に届けてた、手紙。手紙を書いてた友達って、お父さん、すよね。」
父親「!」
柿本「やっぱり。なんで友達なんて嘘を。」
父親「……あの子が文通していたのは、紛れもなく学校の友人です。それでいいでしょう。」
柿本「よくないですよ。本当のことを知ったら傷つくじゃないすか。あの子が傷ついていい理由なんてないでしょ。」
父親「知らなければ傷つくこともないんですよ。」
柿本「……。」
父親「……文通はそう長く続きません。最初は沢山の友達とやりとりしていました。しかしそれも日に日に減り、いつしか届かなくなった。仕方ないと言いつつも、息子は寂しそうでした。」
柿本「だからお父さんが手紙を。」
父親「聡いあの子は気づいていたかもしれない。それでも喜んでくれたんです。もういいでしょう。」
柿本「……勝手に踏み込んだことは謝ります。でも、やっぱおかしいっすよ。お父さんとの文通じゃダメなんすか。」
父親「確かに、名前を騙らずとも息子は喜んだかもしれません。でも、遅い。あの子にはもう手紙は書けません。」
柿本「……は?」
父親「手紙を取りに来ることもないでしょう。お引き取り下さい。」
柿本「なんすかそれ、どういうことっすか!」

SE:ドア閉じる

柿本「……。」

 


SE:ベッドに横たわる音


柿本「(……連絡。いれたところで何になるんだ。)」
柿本「(配達がないなら、もうあの家に行くこともない。気にかける必要も……いや、そもそもそんなもの、最初からなかったんだ。郵便受けに入れて、それで終わり。そつなくこなして、金貯めて、なんとなくでも大学は出て、就職して……それが日常。それでいいんだよ。)」
柿本「(寝ないと。明日は朝から喫茶店、昼に配達、夜にカラオケ屋で明け方まで……いつも通りバイト漬けの一日。それでいい。何も考えないで、それで……)」
柿本「それで、いいのか?」


父親「……まだ何か。」
柿本「昨日の今日ですんません。見舞いに来ました。」
父親「配達でないのならお引き取り下さい。私ももう出ますので……」
柿本「今日は友人として来ました。店員でも、配達員でもないです。友人のことを心配して、理解したいと思うのはおかしい事ですか。」
父親「常識の範囲内でなら、いいと思います。」
柿本「それは……すんません、いきなり押しかけて。なら、お父さんが帰るまで待ってます。それでもだめですか。」
父親「……どうぞ。静かにお願いします。」


SE:ノック音


父親「入るぞ。」
柿本「お邪魔します……っ!大丈夫すか。」
本渡「あ……久しぶり。試験、どうだった?」
柿本「試験は、なんとか。それより、すごい痩せて……腕も脚も。」
本渡「ああ、ごめん。びっくりした?もう、まともに動かせなくて。病気、なんだ。」
柿本「……!」
父親「体の機能が停止していく進行性の病です。」
柿本「……手紙。」
本渡「え?」
柿本「手紙書きたいって、今でも思ってるんすか。」
本渡「……うん。でも、もう無理かな。よく、口で書く、って言うけど、難しくて。」
柿本「俺が代筆するから。書かないすか、手紙。」
本渡「……いいの?」
柿本「字はあんまり綺麗じゃないすけど、想いは込めるんで。きっと伝わります。ね、お父さん。」
父親「そう、ですね。ですが」
柿本「今日は忙しいんすよね。だから、また来ます。次来る時までに考えておいてもらえると嬉しいっす。」
本渡「ありがとう。楽しみに待ってる。」
柿本「っす。じゃあ、お邪魔しました。突然押しかけてすんませんした。次は連絡入れてから来ます。」
父親「……。」

 


SE:ドア開く


柿本「っす。お邪魔しまーす。」
本渡「いらっしゃい。忘れちゃいそう、だから、早く。」
柿本「わかってますって。っし、準備できたっすよ。」
本渡「じゃあ、いくよ……」

柿本「(そうして俺は、毎日のようにあの子の家へ通った。手紙のやりとりをするにはあまりにも速いペースだったけど、あの子は指摘しなかった。むしろ楽しそうにしていた。あっという間に月日が流れ、気づけば3週間が経とうとしていた。だんだんと、言葉を発するのが難しくなってきていた。)」


柿本「っす。調子どっすか。」
本渡「……。」
柿本「そっすか。ゆっくりでいいんで、書きたいことあったら言ってください。」
本渡「……ぁ。」
柿本「俺の話?最近特に何もないんすけど……そういえば、桜がもう満開なんすよ。ちょうど見ごろが今日あたりまでらしくて。この部屋からだと見えないんすよね……あったあった。これっす。きれいっしょ?」
本渡「……。」
柿本「花見行きたい?だそうですよ。」
父親「夜凪は花粉症だろう。大変なことになるぞ。」
柿本「桜に感動して泣いてるのか、花粉で泣いてるのかわかんなくなりそっすね。」
本渡「……。」
柿本「ん?……それは、どうすかねぇ。手紙に書いてみたらいいんじゃないっすか。」
本渡「!…………。」
柿本「……うん。うん。」
本渡「……。」
柿本「うん……これでいっすか。」
本渡「……。」
柿本「おっけ。じゃあもう一つ。」
父親「書けたならそろそろ休ませてやってください。」
柿本「夜凪さんがもう一つって言ってるんで、あと少しだけ。お願いします。」
父親「……そうですか。」
柿本「うん……うん。ゆっくりでいっすよ……うん…………うん………………」
父親「……。」
柿本「…………夜凪さん?」
父親「どうしました。」
柿本「夜凪さん、寝ちゃったんすか夜凪さん?……夜凪さん?」
父親「(脈が弱くなって……!)」
父親「看護師を呼んでくる。そこで待っていなさい。」
柿本「夜凪さん、夜凪さん!…………書かないと。」
柿本「(忘れてしまう前に、全部、一字一句漏らさず、書き残さないと。)」
本渡「……ぁ。」
柿本「!夜凪さ」
本渡「ぁ……ぃ…………ぁ、ょ。」
柿本「……うん、ありがとう。残して、届けてみせるから。大丈夫。大丈夫っすよ。」
本渡「……。」
柿本「……。」


SE:ピー

 


父親「……お疲れ様です。」
柿本「この度は、あの、ご愁傷さまでした。お悔やみ申し上げます。」
父親「ご丁寧にありがとうございます。配達ですか?」
柿本「はい。これを。夜凪さんから友人宛てに。」
父親「……そう、ですか。後で読ませて頂きます。」
柿本「っす。」
父親「……昔から、文通ごっこが好きだったんです。」
柿本「へ?」
父親「あの子は忘れてしまったようでしたが。郵便受けが壁と一体になっていたでしょう。昔は外に置いてあったんですが、雨の日でもごっこ遊びをしたがりましてね。」
柿本「それで壁に?」
父親「玄関なら外に出ても雨受けがありますからね。それで気が済むならと、設置しました。結局最後まで同じ事を繰り返してしまって……それがよかったのか、悪かったのか。」
柿本「よかったんじゃないすかね。きっと。少なくとも俺はそう思います。あんまり言うとネタバレになっちゃうんであれですけど。」
父親「そうですね。では、このあたりで。夜凪がお世話になりました。」
柿本「こちらこそ、ありがとうございました。本当に、楽しかったっす。それじゃ、失礼します。」
柿本「……あの!郵便受け、見てください!それじゃ!」
父親「(郵便受け。わざわざどうして……)」
父親「!これは」
(本渡「親愛なるお父さんへ」)

SE:手紙を開く音。

父親「……っ。」

父親、暫く泣きの演技。フェードアウト

 


SE:バイク停車音


柿本「ぉつかれーっす。戻りました。」
柿本「ああ、今日は大丈夫っすよ。全部配りましたって。いつの話してんすか。」
柿本「あ、そうだ。聞きたいことがあるんすけど……ここの正社員って、どうやったらなれます?」
柿本「別になんもないっすよ。ただ、そろそろ就活とか考えないとなーって。この仕事、結構好きなんで続けたいんすよ。え、契約更新!?……ああ、バイトの。いや、今の流れはそのまま社員にしてくださいよ!……っはは冗談っす。」
柿本「はい、これでいいっすか。え、字?変わったってどこが……あーちょっと前まで写経やってたんすよ。だからっすかね。まあ、文字はその人の人となりが出るらしいんで、俺の心が美しいってことじゃないっすか!なんて、あっはっは。」

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