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罪喰い

登場人物:7人(男:2人 女:3人 不問:2人)

・シン         …男性

・ヴォルフガング    …男性

・レオナ        …女性

・アーベル・ベックマン …男性

・上官         …不問

・少女         …女性

・女          …女性

シン 「――この身にとりつけ給へと、恐み恐みも白す。」
女  「……終わったのかい。」
シン 「ああ。この男の穢れは俺が請け負った。身も魂も、潔白のまま天に召すことができるだろう。」
女  「だったらとっとと出ていきな!あんたみたいな下男、一日家に置いておくだけで周りから白い目で見られちまう。わかったらとっとと失せな。」
シン 「次の依頼先の紹介は。」
女  「出て行けって言ってんだろう、わからない奴だね。その辺ほっつき歩いてれば訃報なんて嫌でも耳に入るだろ!」
シン 「……そうかよ。世話になったな。」
 
 
シン 「……こんなコイン一枚で何買えってんだよ。くそったれ。」

シン 「食い物……食い物……」
店主 「お、なんだい兄ちゃん見かけない顔だな。よかったらうちの自慢の一品食べていかないか?」
シン 「え……ああ、俺か?」
店主 「そうそう。君だよ君。おや、なんだ東洋のお方かい。そいじゃあ口に合うかわからないが……試食だよ。一個食ってみな!」
シン 「これは果実か。初めて見る。」
店主 「こいつは林檎って言ってね、皮は真っ赤な色をしているんだが。中身は甘酸っぱくて歯当たりがいいんだ。どうだい?」
シン 「林檎だと?……ふむ。シャリシャリとしている。こちらの林檎よりも大ぶりで肉厚だな。同じものとは思えん。」
店主 「なんだ、兄ちゃんの故郷にもあるのかい?」
シン 「ああ。ただ、こちらの実は小さくて固い。どちらかといえば花を愛でることの方が多いな。」
店主 「へえ、そいつは面白いな。よかったら話を聞かせてくれないかい。オンボロだが、街はずれに構えがある。折角だしパネトーネを振舞おう。どうだい?」
シン 「ありがたく頂こう。行くあてもなく困っていたんだ。」
店主 「決まりだな。日没までまだ時間があるから少しだけ待っててくれ。大通りにある……でっかい噴水わかるか?」
シン 「ああ、そこで落ち合えばいいのか?」
店主 「話が早くて助かる。たんまり儲けて今日の夕飯豪華にしてやるから楽しみに待ってな。」
シン 「……ああ。また後で。」

シン 「……はぁ。」
シン 「(人、人、人。視線。この街に俺を知る人はいない。知っていたら、きっと今日の飯にもありつけていない。そう思えば、幸せなことだ。)」
シン 「(今もどこかで、誰かが死んでいる。……それが俺の近くであればいい。)」
シン 「林檎、うまかったな。」

店主 「狭くて悪いな。すぐ用意するからまぁ座ってくれ。帰ったぞー!」
シン 「?誰かいるのか。」
店主 「おう、別嬪さんだ。惚れるなよ?」
レオナ「ちょっとパパ!お客さん困らせるようなこと言わないでよ!」
シン 「パパ。」
店主 「がはは。どうだかわいいだろう。自慢の娘だ。」
レオナ「もう……初めまして、娘のレオナよ。こんなパパだけど、植物とか薬の研究してる学者なの。お話聞かせてあげて。」
シン 「学者、そうは見えないな。」
店主 「だろぉ?……っておい!なかなか言うなぁ。がはは。ヴォルフガングだ。よろしく頼む。」
シン 「シンだ。俺の知っている範囲で語らせてもらう。」
店主 「ああ、楽しい宴にしよう。レオナ、シンと一緒にテーブルで待っててくれ。」
レオナ「わかってるわよー!……もう、私だって子供じゃないんだから。」
シン 「仲がいいんだな。」
レオナ「そ、そんなこと……まあ、普通よ。ほら座って!」
シン 「ああ。失礼する。」
レオナ「シンはどこから来たの?あんまり見ない顔だけど、旅人?」
シン 「日本という東洋の国だ。仕事の関係で世界各国を渡り歩いている。」
レオナ「ふうん。じゃあこの辺りは初めて?」
シン 「そうだな……気になっていたんだが、この街に教会はないのか。礼拝堂や像の類も見当たらないが。」
レオナ「ほんとに何も知らないのね。この辺りは聖十字様を唯一神としているのよ。」
シン 「聖十字様?」
レオナ「街の大通りの先にね、大きいお屋敷があるんだけど。そこに聖十字様の御神体が住まわれているの。そのお方に食べ物や生活用品を献上して、この街の人々はご加護を賜っているのよ。先代の聖十字様は私のママが選ばれたの!光栄なことよね。」
シン 「選ばれた?人がその聖十字様として崇められているのか。」
レオナ「人じゃないわ、器よ。聖十字様がこの世界に降り立つための依り代なの。まだ身の清い少女が選ばれるって聞いたけど……私もなれたりするのかなぁ。」
シン 「この街の女の子にとっては憧れの存在なのか。」
レオナ「もちろん!でも選ばれたら家を出ていかなくちゃいけないから、私には務まらないかも。」
シン 「……やっぱりお父さんのこと好きなんだろ?」
レオナ「バッ……違うわよ!わ、私がいなくなったら、掃除とか、洗濯とか、あと……とにかく、いろいろやる人がいなくなっちゃうでしょ!」
シン 「そうか。勘違いしてすまない。」
レオナ「い、いいわよ別に。」
店主 「なぁにが"いい"んだ~?レオナが許しても俺は許さんぞ。この子に何をした。」
シン 「え、いや特に何も。」
レオナ「ちょっとパパ!」
店主 「がはは、なーんてな。へいおまち。粗食だが味は保証するぜ。」
シン 「うまそうだな。ありがたい。」
レオナ「パパの料理はとびっきりおいしいのよ!私も練習しなきゃ……。」
店主 「俺だってママの真似してるだけだぞ?レオナもいつかできるようになる。」
シン 「なあ、俺はここにいて大丈夫なのか。奥さん帰ってきたら何か言われないか。」
レオナ「え、あ、それは……。」
店主 「大丈夫だ。俺たち二人暮らしだからな。」
シン 「……そうか。すまない。」
店主 「構わんさ。すげぇ美人だったんだぞ。ちと厳しいが、気立てのいい人でな。俺がまだ学校通いの時に出会ったんだが……(あいつは一つ下だから隣の校舎で、俺のところとは左右の開けた通路でつながっていたんだ。で、あいつは通路の塀に腰かけて友達と写真撮ってたらしいんだが、突風が吹いて落っこちまったんだ。その落下地点にいたのが俺ってわけよ。中庭で飯食ってたら上空から女の子が降ってきたもんだから驚いてな。意識せずとも体が動いていた。無事彼女を受け止め、それがきっかけで話始めたってわけだ!まあ俺は肩脱臼したんだがな!がはは!)」
レオナ「また始まった、パパの武勇伝。」
シン 「長いのか?」
レオナ「聞き流していいわよ。明日また同じ話を聞く羽目になると思うから。」
店主 「お前ら聞いてるか?」
シン 「聞き流してた。」
店主 「おぉい!」

 


シン 「レオナは?」
店主 「ぐっすり眠ったよ。久々の来客ではしゃぎ疲れたんだろうな。」
シン 「そうか……ヴォルフガング、聞きたいことがある。」
店主 「おお、シンには色々聞かせてもらったからな。今度はこっちが答えるとしよう。何でも聞いてくれ。」
シン 「聖十字様ってなんだ。役目を終えた器はどうなる?」
店主 「その口ぶりだと、表向きのシステムは知ってるみたいだな。」
シン 「レオナから聞いた。聖十字様とやらがこの世界に降り立つために人間を……身の清い少女を依り代にしていると。選ばれた少女は家から出ていくそうだが、役目を終えた後はどうなる?家に帰るのか。」
店主 「いいや、帰らないよ。そのまま屋敷で聖十字様に仕えて暮らすことになっている。」
シン 「以前あんたの奥さんがその役目を担っていたそうだな。だから、ここにいないのか。」
店主 「……何が言いたいんだ?」
シン 「さっき、表向きのシステムって言っただろ。本当は市民に明かせないようなことしてるんじゃないのか。」
店主 「その様子だと単なる興味本位ってわけでもなさそうだな。お前さん何者だ?」
シン 「罪喰い。故人の罪を請け入れる存在だ。汚れ仕事だがな。」
店主 「なるほど、仕事を探しているってことか。」
シン 「話が早くて助かる。」
店主 「(咳払い)妻が聖十字様のお務めをしていたのは15年前、あいつが16のときだ。お務めの間、俺は毎日欠かさず食い物持って会いに行ってた。ある日、あいつがぽろっと零したんだ。『そろそろお別れかもしれない』ってな。まあ年齢的にも任期はそう長くないだろうと俺も思っていたから、特に疑問は抱かなかったんだ。聖十字様に仕えるようになったら口もきけなくなっちまうしな。でもよ、あいつ泣いたんだ。絞りだしたような掠れた声で『死にたくない』って。」
シン 「やはり聖十字様に仕えるというのは……」
店主 「ああ、体のいい表現をしてるってだけ。言っちまえば処分だ。俺ははっとして、すぐにあいつを連れ出した。街から逃げるように。隠れて暮らした。それからしばらくしてレオナがお腹にできて。ちょうどその頃、俺たちは捕まった。」
シン 「……。」
店主 「交渉したさ。命だけは助けてくれと。でも結局生き残ったのは、俺と、まだ赤ん坊のレオナだけだった。」
シン 「聖十字様とやらを管理しているのは誰だ。」
店主 「そんな奴はいないさ。ここの人間は皆“そういう風に育てられている”。俺も含めてな。だから管理する必要もない。俺たちが異端だったんだよ。でもまあ、悪くないと思ったね。歯向かおうとしなけりゃレオナはここにいなかった。」
シン 「それなら、処分とやらはどうする?まさか元聖十字様の器に自害しろとでもいうのか?遺体の処置は。遺族への対応は。」
店主 「何もないさ。聖十字様に選ばれた時点でもう」

警官 「招集だ。代貸式を行う。娘も忘れず連れてこい。」
店主 「……ああ、すぐに向かう。」
シン 「代貸式ってなんだ。」
店主 「聖十字様の引継ぎ式だ。さっきの質問の答えも行けばわかる。ついてくるといい。」


レオナ「こんな時間に招集って珍しいわね。うう、眠い。」
店主 「おこちゃまは寝てる時間だからな。」
レオナ「そのおこちゃまから次の器が選ばれるんでしょうが!」
警官 「喧しいぞ。レオナ、君はさっさと別室に行きたまえ。」
シン 「なぜレオナだけ別の部屋なんだ。」
警官 「なんだ貴様、見かけない顔だな。なぜここにいる。」
シン 「質問を質問で返すな。どうしてレオナだけ別室に案内するんだと聞いている。」
店主 「あーすまん、こいつは旅の者なんだ。ここの文化を知りたいらしくてな。邪魔はしないからあまり目を付けないでやってくれ。」
警官 「ふん、不審な行動を取ったらすぐ追い出すからな。行くぞレオナ。」
レオナ「……はぁい。じゃあ行ってくるね、パパ。」
店主 「おう、胸張っていけ!」

店主 「……悪いな、シン。あの人は警官でな、何かと突っかかってくるかもしれないがそれが奴の仕事なんだ。許してやってくれ。」
シン 「構わない。それより、レオナは候補者だから連れていかれたってことか。」
店主 「ああ。ほかの子供たちと一緒に聖十字様についての話を聞かされた後、選定されるらしい。結果だけ伝えられるからどうやって決めているのかはわからないって前にレオナが言っていたな。」
シン 「決まったら儀式が始まるということか。今の器はどこにいる。まだ生きているのか。」
店主 「さあな。そこまではわからん。……さっき、任期を終えた器の家族にどう対応するんだって聞いたよな。」
シン 「ああ。」
店主 「ただ一言『おめでとうございます。』……それだけだ。ちょっと出てくる。式までには戻るからここで待っていてくれ。」
シン 「(『おめでとうございます。』か。何を祝福しているんだ。しがらみからの解放か、はたまた穢れのないまま昇天できた名誉か。)」
警官 「おい貴様。」
シン 「ああ、さっきの……警官。何か用か。」
警官 「用がなければ貴様など視界にも入れていない。話があるからついてこい。」
シン 「ヴォルフガングにここで待っていろと言われたんだが。」
警官 「そのヴォルフガングから連れていくよう言われたんだ。いいから来い分からず屋。」
シン 「俺の職業は分からず屋じゃない。俺は」
警官 「罪喰い、だろ。話は聞いている。下賤なペテン野郎にこんなこと頼みたくはないが、致し方ない。仕事だ。」
シン 「死体でもあがったのか。」
警官 「ああ。だが問題はそこじゃない。」
シン 「どういうことだ。」
警官 「今の器が、その殺人の犯人なんだよ。つい先刻捕らえられた。」
シン 「まさかその器の罪を喰えと?俺は死体からしか喰えないぞ。」
警官 「わかっている。だから処すんだ。本来儀式には、穢れを取り払い眠らせた器が必要なんだが、ひどい興奮状態にあるせいで睡眠薬が効かず満足な禊もできない。その上この罪状だ。」
シン 「そこで俺の出番というわけか。」
警官 「そういうことだ。今回は特例として正しい儀式を予め行い、表では形式上の代貸式を行う。」
シン 「なぜ見ず知らずの俺に依頼するんだ。罪喰いなんて、嘘かもしれないだろう。」
警官 「本物かどうかなんてどうだっていい。それらしく振舞ってくれさえすれば上の奴らも文句を垂れないからな。無論、下手な真似をすれば貴様の首を飛ばす。」
シン 「……務めは果たそう。仕事だからな。」
警官 「ふん、当然だ。」

警官 「アーベル=ベックマンです。件の人物を連れてまいりました。失礼いたします。」
上官 「おおベックマン君ご苦労。罪喰いのお方、遠路はるばるお越しくださりありがとうございます。急なお呼び出しで申し訳ございません。」
シン 「え、ああ、いや、気にしないでくれ。」
警官 「器の状態は変わりありませんか。」
上官 「ああ、とても手が付けられないね。奥の部屋に縛り付けてあるが、あれはもうだめだ。これ以上皆を待たせるわけにもいかんし、始めるとしよう。」
シン 「あ、一つ質問してもいいか。」
警官 「なんだ、手短にな。」
シン 「これから器を処すと言っていたが、それは本人の意思なのか。」
警官 「その質問は貴様の仕事には無関係だろう。くだらんことを聞くな。」
上官 「話は終わったかな?では行こうか。レオナ、おいで。」
シン 「!? レオナ、なぜここに。」
警官 「次の器だ。行くぞ。」
レオナ「……はい。」

少女 「ふうっう!んんんぅ!うぅああああぅぐっ!」
上官 「こらこら暴れるな。もうすぐ楽になれるんだから。」
少女 「ぅいああ゛!ぃああああああっ!ぃいいあぐない゛!」
上官 「君の務めは終わるんだ。安らかに眠りなさい。さあレオナ、こちらへ。」
レオナ「……はい。」
シン 「おい、何をするつもりだ。」
上官 「おや、ベックマン君から何も聞いていないのかい?」
警官 「彼の仕事には関係のないことです。レオナ、始めろ。」
上官 「まあまあそう焦るな。経緯を知るというのはとても重要なことだ。この世の万物は今の延長線上にあるんだからね。レオナ、それを見せてあげなさい。」
シン 「ナイフ……?」
上官 「そう、この街で代々受け継がれている神聖なナイフだ。新しい器となる少女は、これを使って聖十字様を古い器から解放するのだよ。……こんな風にね。」
少女 「んがあああ゛っ!」
シン 「おい!」
レオナ「ひっ……あ……。」
上官 「なぁに、今のじゃ浅いさ。ほらレオナ、解放しておやり。聖十字様だって苦しいんだから、早く、ほら。」
レオナ「ぃ……やだ。だって、こんなことしたら……。」
上官 「何を言っているんだ。今まで教わってきただろう?解放こそ救済。そして、君はそのお役目を天から賜ったんだ。」
レオナ「でも……わ、私にはそんな」
上官 「君にはその権利がある。できるんだよ。ほら、しっかりとナイフを握って……そう、そのまま首の、ここに当てて。」
少女 「ん゛ん゛ん゛ん゛っ!」
シン 「いい加減にしろ、わざわざこんなことして何になる?」
上官 「君は黙っていたまえ!よそ者の君にはこの崇高な行為が理解できないかもしれないけどね、この街では必要な儀式なんだよ。さあレオナ、早く。」
レオナ「やだ……うっぐ……やだぁ」
上官 「泣き言を言うんじゃない!やるんだよ!ほら、早く!」
レオナ「ひっぐ……ぃや……いやああっ!」
上官 「早くやるんだ!君のお母さんと同じように!」
レオナ「いやあああああああああああああああああああああああああ!」

上官 「やればできるじゃないか。ベックマン君、聖杯を。」
警官 「……はい。」
上官 「いやぁ、つき合わせてしまってすまないね。血抜きが終われば後は君の領分だ。何が必要なんだい?」
シン 「……まず縄を解いてきれいなところに横たわらせてやれ。そのあと排泄物の処理、綿詰め。目は優しく閉じさせろ。それと」
上官 「ああ、結構面倒くさいんだね。部下を呼んでくるから指示を出してやってくれ。私にはできそうにない。」

レオナ「……っぐ……ぅ。」
シン 「……レオナ。」
レオナ「ひっ……あ……シ、ン……あぁ、わ、私……あああっ」
シン 「いい、何も言わなくていい。……これ着ろ。」
レオナ「よ……よごれちゃう。」
シン 「構わない。着ていろ。」
警官 「ちょうどいい。レオナ、廊下で使用人が待っているから着替えてこい。それなら血も見えないだろう。」
レオナ「う、あ……わたし、どうなるの。」
警官 「身を清めたら代貸式に出席してもらう。何をするかは一度説明したはずだが……まあいい、使用人に聞いておさらいしておけ。」
レオナ「……はい。」

シン 「……ベックマン、毎回こんなことを繰り返しているのか。」
警官 「気安く呼ぶな浮浪者。教えてやる義務はない。」
シン 「少女たちに罪を背負わせてまで、聖十字様を守る必要があるのか。」
警官 「くどいぞ。黙って手を動かせ。」
シン 「人の心を壊して、神に成り代わらせることに意味はあるのか。」
警官 「くどいと言っている!」
シン 「……すまない。」
警官 「……貴様、なぜ宗教が存在しているかわかるか。」
シン 「心の安寧のためか。」
警官 「ああ、この街にとっては聖十字様が唯一信仰の対象だ。なくしてしまえば市民に不安と混乱が訪れる。その先に待つのは秩序の崩壊だ。」
シン 「そのためなら犠牲も厭わないと?」
警官 「必要不可欠なんだ。だからこそ、学校では選定されることの喜びを教え、犠牲という意識を持たせないようにしている。」
シン 「……優しい世界だな。ここは。」
警官 「ああ、生ぬるくてとても気持ちの悪い世界だ。」
シン 「……この街を出ようと思ったことはないのか。」
警官 「仕事に関係のない質問はやめろ。調子に乗るな。」
シン 「すまない。……準備はできた。本当だったら一日そばに置いておかないといけないんだがな。」
警官 「林檎?何に使うんだ。」
シン 「なんだっていいんだよ。ただ、たまたま林檎だったってだけの話だ。」
シン 「掛けまくも畏き伊邪那岐大神、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に禊ぎ祓へ給ひし時に、生り坐せる祓戸の大神等、諸々の禍事・罪・穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと、白すことを聞こし召せと、この身にとりつけ給へと、恐み恐みも白す。
(かけまくもかしこきいざなぎのおおかみ、つくしのひむかのたちばなのおどのあわぎはらにみそぎはらえたまいしときに、なりませるはらえどのおおかみひとし、もろもろのまがごとつみけがれあらんをばはらえたまいきよめたまえと、まおすことをきこしめせと、このみにとりつけたまえと、かしこみかしこみもまおす。)」
シン 「(林檎を食べる。)」
警官 「……終わったのか。」
シン 「ああ。彼女の穢れは俺が請け負った。身も魂も、潔白のまま天に召すことができるだろう。」
警官 「……ふっ、貴様もやっていることは我々と大差ないな。褒められたものじゃない。」
シン 「その褒められたもんじゃない偶像で誰かを守っているんだろう。俺もお前も。」
警官 「そうかも知れないな……担架を持ってくる。こいつを棺まで運ぶから手伝え。」
シン 「ああ。」

 

 

シン 「(こうして代貸式は幕を開けた。レオナは血で満たされた聖杯に口をつけ、一気に飲み干した。群衆は沸き上がり、新たな神の顕現を祝福した。ヴォルフガングの姿は見えなかった。)」

 

 

店主 「おいそこの兄ちゃん。よかったらうちの自慢の……お前さんは」
シン 「久しぶりだな。」
店主 「ああ、ああ!シンじゃないか!元気にしていたかい。」
シン 「まあな……林檎2つもらえるか。」
店主 「2ユーロだ……まいど。今日はどうしたんだい。」
シン 「仕事で呼ばれたんだ……二年ぶりだな。」
店主 「そうか。もう、そんな時期か……どうか安らかに眠れるように、送ってやってくれ。」
シン 「今回は、連れ出さないのか。」
店主 「その役目を担うのは、俺じゃない。」
シン 「……そうか。」
店主 「林檎、どうして二つなんだ。連れでもいるのか。」
シン 「いや、おつかいを頼まれたんだ。本当は手料理が食べたかったそうだが、あそこは既製品しか持っていけないからな。」
店主 「……はは、そう、そうか……っはは。がははは!……ありがとう、シン。お前さんが罪喰いでよかったよ。」
シン 「初めて言われたな、そんな言葉。ありがたく頂いておこう。……そろそろ失礼する。」
店主 「レオナをよろしくな。」
シン 「ああ、またどこかで。」

 

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